2026/07/20

待避線(余談雑談) 関西鉄旅

 鉄研OB会が大阪で開催されるというのでそれに先立って広島へ足を伸ばし、市電のJR広島駅高架乗り入れの様子を見てきました。新幹線を降りて改札を出るともうワクワク感が止まりません。背伸びすると市電乗り場の案内標識が見えるくらいの距離ですが、それより人の波が半端ではありません。特に宮島方面行の乗り場はごった返しているものの整列乗車が徹底していて、近年言われる日本人の公共マナー意識の高さを物語っているみたいで、国際都市の玄関らしいなと感銘を受けました。

 構内は低いながらもプラットホームが築かれていて線路を横断する人はいません。またそこに通じる高架線は専用軌道ながらバラストではなく、コンクリートで固められていました。上に目をやると剛体架線になっており、路面電車とは思えない近代的で豪華なターミナルは大胆で先進的な取り組みが具体化された結果との印象を受けました。

5車体連接車が発着する宮島線乗り場       駅2階への乗り入れ高架線__

 一方でメインストリートに出た電車は折り重なる交通信号と料金決済に手間取る降車客に阻まれてなかなか発車できず結果的に平均速度はかなり抑えられている感じでした。車内での料金収受に代わる方法を採用するか信用乗車を徹底することが今後残された表定速度向上の鍵になるのではないかと思いました。

 広島では路線による差はあるものの、超低床車による運行が約半分を占めているようです。個人的にはこれまで超低床車はデザイン面で好きになれず、「装甲車」とか「助成金泥棒」と悪口をたたいてきましたが、自身の高齢化で足腰が固くなったことから今回乗ってみて「なんと優しい車なんだろう」と評価が一転しました。ただ4輪車(注)は曲線の入り口(および分岐部)で衝撃的な横揺れがあり、一向に改善されていないことから決定的な対策がないのかと思われ残念です。

注記 ボギー車やボギー式連接車ではなく、1両おきに配置した車輪付き車両に中間車体の両端を乗せる方式の連接車において、両輪が車軸で繋がっておらず独立懸架独立駆動されている特殊構造の4輪車。

市内線用の超低床3車体連接車1000型      原爆ドーム前を行く350型____

 せっかく一日乗車券を買ったので全線乗車し、車庫巡りをしました。宮島線の荒手車庫には1960年製で大好きだった2000型(ボギー車)の流れを汲む3100型(3車体連接車)が当時の塗色で留置されており、今にも走りだしそうな姿を見ることができました。

路面電車の停留所とは思えない終点宮島口 荒手車庫で見つけたオリジナル塗色の3100型

臨時ホームに進入する7600型
 翌日はお隣の岡山の市電に何十年ぶりかで乗りました。駅前の旧島式ホームはすでに撤去され、短縮された路線終端に設置された臨時ホームの一面に縦列停車して電車が発着していました。駅前広場への線路の一部は敷設済みでレールの頭部が舗装の表面に見えました。新ホームが設置される場所は塀に囲われて「2027年3月電車がここから発着します」と表示されています。完成予想図を見ると、ドーム状の大屋根ではなくホームのみの上屋になっているようです。広島駅の変貌を目の当たりにした後だけにスケールの違いを見せつけられた感じでした。岡電の社長が「広島にはかなわない」と言ったとか、検討段階であった高架乗り入れ案や地下乗り入れ案が縮小して平面延長にとどまった現実はどんな経緯を辿ったのか気になります。都市規模の問題とする意見もあるようですが、そうであればこそ駅前延長だけでなく路線全体の効用を考えたさらなる利便性の向上に力を注ぐことが得策であると思います。

 とはいえ大半の線路は緑化された道路中央部のセンターポールで架線が吊るされており、乗降用ホームも線路の間に設置されて安心して電車を待つことができるようになっています。つまり車両の扉は前後端に配置され、ホームが左右どちらにあっても運転手が客扱いできるようになっています。皮肉なことに広島ほど混雑しておらず、少なくとも私が乗車した時は降車客の料金決済で運行が滞るようなことはありませんでした。

東山車庫で8100型と9200型        緑化された清輝橋線

こんなこともありました
 前に岡山を訪ねたのがいつだったのかはっきり覚えていないのですが、確か元大分交通や元呉市電の非対称扉配置の電車が走っていたのを撮影した記憶があります。調べたらそれは1980年代のことらしく約40年になります。だとしたら路面電車好きとしてはあまりに長すぎるご無沙汰なので、おそらく岡山方面に足を伸ばした際に駅前でスナップ撮影ぐらいはしていたのではないかと記憶を修正しました。

 ここにも超低床車があり、たまたま東山終点から乗車することができました。乗降は楽チンでしたが、座席は丸座布団が置かれた木製であり、やけに座面が高くて尻が痛く座り心地は最悪でした。車輪は独立懸架ではなくボギー台車を車体に弾性固定してあるものの、やはり線路の曲がりで衝撃があり4輪車の技術的限界かなと思いました。

正面はあべのハルカス
 翌日は今回の旅の大義名分で、大阪梅田の27階にある料理屋で久しぶりのOB会が開催されました。夕刻開始ということだったので、昼過ぎに日本橋の模型ショップに出向いて久しぶりに目の保養をしました。今どきのプラ成型模型は本当に細密な表現がしてあって目を見張りました。指の震えが止まらない爺さんにはとてもじゃないが及ぶべくもない見事な細密加工です。時計を見ると少し時間があったので阪堺電車の恵美須町まで歩いてまた路面電車の前面展望を楽しむことにしました。ICカードを使って住吉で乗り換え、天王寺駅前まで均一料金で行けます。

 梅田へ戻ってエレベーターを降りると懐かしい顔がすでに集まっていました。何年前に顔を合わせたか思い出せない御仁もいて、その間の変貌はお互い様と納得。乾杯の後、それぞれの近況や鉄活の報告、持参した模型や写真にまつわる話題で盛り上がりました。その内容たるや他人様には面白くもなんともないので省略します。2次会は地下街の喫茶店の一隅を占拠して鉄談と学生時代の懐談。盛り上がった話題は例えば、リニア地下鉄にはパンタグラフがあるのにリニア新幹線にない、サハシやキシの調理室の窓はなぜかくも高い位置にあるのか、その窓の上縁は塗分け線より上にあるか、等々。

 さらに翌日、一部メンバーが入れ替わって京都鉄道博物館前に集合していました。「鉄博に行くなら」とJRに顔が効くメンバーの一人が事前に話を繋いでくれて館長が直々に案内してくれることになりました。学芸員から車両保存の裏話を聞く一方で、古い車両の改造履歴と展示中の塗色の時代が合わないとか、説明パネルの表示が間違っているとか、模型の車体(1/40製作品)とパンタグラフ(1/45市販品)の縮尺が違うとか、困った見学者のクレームは枚挙にいとまがありません。館長には「東京にはキハ04(41300)があり、九州にはキハ07があり、名古屋にもホジ6014(蒸気動車)があるのに京都に旧型気動車がないのは寂しいじゃないですか。加悦鉄道のキハ101(片ボギー動態保存中)とキハ08(元オハ62)を将来是非誘致できるようにしてください。」と無理なお願いをしておきました。

京都鉄道博物館

鉄旅の〆めは江ノ電塗色の嵐電
 京都はまもなく祇園祭、暑い夏がすでに始まっていました。解散後日差しを避けて地下鉄東西線に避難したら終点の駅名「太秦天神川」が見えて連想ゲームのように「太秦」→「嵐電」が見たくなりました。冷房の効いた車内からまたまた前面展望を楽しみ、終点嵐山で下車して何本かの電車を撮影しましたが、幸か不幸かデザインが気に入らない新型車には会いませんでした。蒸し風呂のような嵐山を後にJR嵯峨野線の快速電車で外国人観光客に揉まれながら京都駅に戻り、今回の関西鉄旅は終わりました。