2022/10/30

待避線(余談雑談) ディーゼルエンジンの話

  話は脇道、いや待避線のさらに側線に逸れてしまいますが、片足は本線に残して置くように努めます。鉄道用ディーゼルエンジンにまつわる色々なお話です。

1.回転数(速度)制御

 ガソリンエンジンとディーゼルエンジンには多くの共通点と相違点があります。すべてを語ると一冊の本が書けるくらい、いえとても一冊くらいじゃ書ききることはできないでしょう。どちらもシリンダーの中で燃料を燃焼させてピストンを動かし、クランクシャフトを介して回転力として出力するという基本原理を同じくする内燃機関と呼ばれる原動機です。両者の根本的な違いは、片や気化しやすいガソリンを使用するのと、他方軽油や重油といった低揮発性油を燃料にしていることです。それに起因してその燃料をシリンダーに送り込む付随機器の種類や構造が全く異なるとともに、シリンダー内部での着火原理、燃焼現象、出力特性などに明らかな差異が生じます。

 今どきの自動車用エンジンはガソリンもディーゼルも電子制御方式が主流になっており、それに伴って燃料を送り込むための機器類も電気信号による駆動に適したものに進化しています。ひと昔前までは自動車や船舶、もちろん鉄道車両用を含めてほぼすべてがメカニカルな機構で制御されていました。例えば回転数を一定に保つためのガバナーは調速機と呼ばれ、エンジンに限らず時計、オルゴール、蓄音機、エレベーターなどに同じ原理の機構が組み込まれています(した)。回転数が目標値より高くなると錘の遠心力が大きくなることを利用して、その力で燃料を絞ったりブレーキをかけたりして元の速度に戻す働きをします。回転数が低下した時は逆の動作をします。

 ガソリンエンジンの回転数は元々安定した特性を持っていて、吸気口のスロットルバルブを開けば流入空気とともにより多くの燃料が吸い込まれて回転数が増加した状態で安定します。これは自動車のアクセルペダルを踏み込むと加速できることで実感できると思います。ディーゼルエンジンの場合は吸入空気が圧縮されて高圧高温になったシリンダー内にさらに高圧の燃料を噴霧するために、エンジンで駆動されるプランジャーポンプ(強力な水鉄砲の先が噴霧器になっていると想像してください)が装備されています。このポンプの有効ストロークを長くすると噴射される燃料量が増えるので回転数が高くなりますが、それに伴って燃料量が増えることになるのでさらに加速してしまいます。つまり想定以上に増速してしまうのですぐにストロークを短くしないと思い通りの回転数に落ち着きません。この操作を自動で行ってくれるのがガバナーで、ディーゼルエンジンには必須の機構ということになります。バネを介して錘の遠心力と釣り合う外力を与えることで自在に所定の回転数を得ることができます。機械式気動車の運転台にあるスロットルレバーはディーゼル化された後もガソリンカー時代の名称を引き継いでいますが、その先はガバナーに繋がっています。スロットルレバーを挟んで、アイドル回転数を保つ低速ガバナーレバーと最高回転数を抑える高速ガバナーレバーが3連で並んでいる車両もあります。なお電動式燃料ポンプを電子制御する方式でも、回路の誤動作や電源喪失に備えてバックアップのためのメカニカルオーバースピードガバナーや緊急停止機構が装備されています。


2.ディーゼルエンジンの熱力学的特徴

 ガソリンエンジンとディーゼルエンジンの違いの話に戻ります。石油ストーブを扱ったことがある人は御存知かと思いますが、灯油はなかなか火が点き難いもので、軽油や重油はなおさらです。一旦点火して炎が上がると勢いよく燃えてくれます。つまりガソリンは常温でも火元があると引火するのに対して、灯油、軽油、重油などの低質油は周囲温度がある程度高くないと燃えません。しかし発火点と言われるさらに高い温度に晒すと自ら発火します。ディーゼルエンジンではシリンダーに吸い込んだ空気の体積を20分の1近くまで瞬時に圧縮することによって数百℃程度(理論的には約700)に温度を上昇させ、そこに燃料を噴霧することで燃焼が起こります。

ガソリンとディーゼルエンジンの比較
 ガソリンエンジンでは空気とガソリンの均等な混合気が吸入されている所に点火栓で着火させるので、一気に爆発してシリンダー内の圧力が瞬間的に上昇し、ピストンを押戻しながら容積が大きくなるにつれて内圧が下がっていきます。これを断熱膨張と言います。一方ディーゼルエンジンでは噴霧された燃料が持続的に燃え、等圧膨張というほぼ一定の大きな力でピストンを押し続ける現象が起き、燃焼が終わった後は断熱膨張でピストンを押し下げます。少し難しい話になりますが、圧縮および燃焼膨張行程における圧力と容積変化の関係を図示したP-V線図を右に示します。それぞれの線で囲まれた面積が出力となり、ディーゼルエンジンの方が同じ排気量でより大きな出力を発揮できることがわかります。
と口で言うのは簡単ですがこの燃焼とピストンの動きは都合よく理屈通りになるものではなく、両者を整合させながら効率よくコントロールし、同時に有害物質の排出をも低減するためにエンジン開発技術者は日夜頭を悩ませているのです。

3.圧縮発火原理

20馬力のディーゼルエンジン
 滋賀県長浜市にヤンマーミュージアムという施設があります。ヤン坊マー坊でおなじみ、「小さなものから大きなものまで動かす力のヤンマーディーゼル」の博物館です。エントランスホールには天井に届くかと思われるほど大型で世界最古級(1899年製)のドイツ製ディーゼルエンジンのレプリカが展示されていますが、これはたった20馬力だそうです。ヤンマーOBの同級生がここを案内してくれた際に、ディーゼルエンジンの発火原理実験を特別に見せてもらいました。内径1cmくらいのABS樹脂管の底に綿の玉(燃料の代わり)を置き、この管にピストンを差し込んで一気に押し込むと内圧が上がり、一瞬綿がピカッと光って燃えるのです。熱が外に逃げる間もなく一気に押し込むのがコツで、断熱圧縮という現象を体験的に理解できる実験でした。ジワジワと遠慮しながら圧縮しても火は点きません。この投稿を機に当時の山本館長にお願いしてその動画を提供していただきました。

 こぼれ話を聞いてまた驚きです。時期は不詳ながら古くから東南アジアでこの着火法が使われており、お土産として持ち帰った器具で葉巻に火を点けるのを見たルドルフ ディーゼルが「高圧内燃機関を発明するのに、もっとも大きな刺激となった」と語ったとのことです。

4.出力の表示について

 気動車と一口で言っても黎明期の単端式2軸車から最新型で「モハ」を名乗るハイブリッドタイプまで新旧大小さまざまな車両が存在します(した)。両極端は除外して、キハ40000には100PS(馬力)GMF13型ガソリンエンジンが搭載されていました。JR北海道の特急用キハ261系はDMF13系ディーゼルエンジン450PS2台搭載しています。エンジン形式の最初の2文字GMはガソリン、DMはディーゼル、次のF6気筒、13は排気量13L(13000CC)を表しています。同じ排気量でありながら昭和の初期から平成にかけて5倍近くまで出力増強がなされたことを物語っています。(初期のGMF13とキハ261系に搭載されているDMF13HZHは全く別物です)

JR北海道キハ261系特急気動車

 ところで日本を代表するスポーツカーニッサンフェアレディZは今どき珍しいハイブリッド機構を有しない純ガソリンエンジン車ですが、そのカタログのエンジン主要諸元を見ると排気量2997CC(3L)、最高出力405PSと書いてあります。排気量がキハの1/4なのに馬力はほぼ同じレベル?

 数字に偽りはないものの出力の意味が異なっているのです。鉄道車両用機関の場合は「連続定格出力」で表示されるのに対して通常自動車のカタログには(瞬時)最高出力が記載されます。それはエンジンの使われ方が異なるためで、鉄道では最高速度到達まで加速に時間を要したり長い勾配を登り続けたりするために連続して発揮できる出力を標記します。冷却系や動力伝達系への影響、機関や車両の寿命が考慮された数値になります。一方自動車では急転回や追い越しといった短時間に急加速するために必要な瞬発力が重要な性能として記載されるわけです。決して鉄道用機関の性能が劣っていることを意味しているわけではありません。

5.DMH17エンジンの逸話

 インドは鉄道王国です。今でも続いているのか知りませんが、扉や連結面に人がぶら下がり、屋根の上にも大勢乗っている映像を見たことがあります。学生時代のことですが、インド国鉄の技術者が研究室に訪ねて来るという話を聞いて楽しみにしていました。結局教授と面会しただけで、私たち学生にはお土産として分厚い論文集が置いて帰られました。後で聞いたところによると、その技術者は結構身分の高い人らしく1年間の期限で日本の鉄道技術を勉強するために家族連れで東京に居宅を用意され自由気ままな生活を堪能していたが、帰国時期が近付いてきたにもかかわらず報告に値するような成果が得られなかったので教授のところに泣きついてきたとのことでした。詳しいいきさつは知る由もなく、聞こえて来た事情はおもしろく脚色されていた可能性もあるので事実と相違していたかもしれません。

 その置き土産は、国鉄の技術研究所などから寄稿された何本かの学術論文をまとめた「DMH17型ディーゼル機関発達史」というようなタイトルで、開発の経緯から分類、採用された車両の種類や性能、問題点と改良の詳細などから構成されていました。もちろん日本語の論文なので件の技術者が目を通して内容が理解できるようにするには英語への翻訳が必要でした。そこで研究室の学生が手分けして英語に翻訳することになったのですが、単純に頭割りしても一人数十ページ、研究分野が関連した学生の応援を頼んでも相当な負担になりました。今のような便利な翻訳手法があるわけはなく、振り返って当時の私の英語力は酷いものでしたが、どんな論文が割り当てられるのか楽しみでした。後日受け取った論文のタイトルもその内容もすっかり忘れたものの、1週間くらい嬉々として翻訳に取り組んだことを覚えています。英文の作成には苦労したけど論文の内容を理解するのは全然難しい話ではありませんでした。それだけに乏しい英語表現力で内容を充分に書き留めることができないもどかしさを感じました。そんなことより鉄道のことを全く知らない人がどんな翻訳をしたのか気になり、他の学生に聞くと「どうせ他人の褌で相撲を取ろうと言うような人やから格好さえついてれば中身はどうでもエエンやない?」とクールでした。

 その後彼がどんな報告書を作り、どんな評価を受けたのか、果たしてインド国鉄の技術向上に貢献することができたのか、何の連絡もありませんでした。

2022/10/24

鹿部の深まる秋

窓辺に電車が見える日常

 季節が進むと色んな事が起こります。若い頃から秋はなんとなくもの悲しくてあまり好きではありませんでした。夏休みの終わりが近づいてくるとセミの鳴き声が変わって、たまった宿題をどうやって片付けるのか、何十年経ってもあの憂鬱に胸が押しつぶされた辛い記憶は消えません。だんだん日差しが低くなって日暮れが早まってくるとやっぱり何かに急かされているような息苦しさを感じます。会社勤めをしていた頃は毎年秋になると何かしら体調不良に悩まされ、寝込んだリ入院したりもしていました。ところが大好きな電車と暮らす今は、老化に伴う足腰の不自由以外には大したストレスもなく充実した日々を送っています。



 9月に入ると庭の片隅にある栗の木のイガが大きく膨らみ、下旬にかけて実が弾けて落ちて来ます。毎日のように手カゴ一杯の収穫があり、栗きんとんや栗ご飯にして秋を満喫します。自然の恵みは狩猟本能にも似て田舎暮らしで育まれた野生の心をくすぐるようです。

自然の恵み

 栗と並んでキノコも季節の恵みです。ところが北海道の気候が内地と違うためか松茸はほとんど見かけません(全くないわけではないようです)。山に入れば何種類かの食用キノコが採れますが、それ以外のほとんどは毒性があると言われています。庭のアチコチでニョキニョキと生えてくる姿を観察するだけならいくら楽しんでも中毒にはなりません。16番の庭園鉄道ではこれだけのサイズがはびこると運転に支障を来たしますが、15インチゲージならへっちゃらです。

ところかまわず生えてきます

 見て楽しむと言えば秋は紅葉です。庭には何本かの色づく木々があり、「晩秋の鹿部電鉄」というタイトルでYouTube投稿しました。太陽の角度が低くなると鮮やかな彩りで撮影するのが難しく苦労しました。今年線路延長したおかげで紅葉と電車を同じフレームで撮ることができるようになりました。


鹿部はすっかり秋色に染まっています

2022/10/11

エンドレス線路延長 本年度最終編

廃枕木を利用した土留め
 918日投稿の「タイムスケジュール変更」で「多分まだひと月くらいはかかりそう」と書きましたが、できれば2週間ぐらいでケリをつけられたらとも思っていました。枕木とレールを置いて犬釘を打つだけならまぁそんなもんかもしれません。実際には道床の盛り土をするために裏庭の高地の土砂を削ったり、土留め用の廃材(朽ちかけた廃枕木)を運搬設置したりと想定外の作業が待ち受けていました。彼岸を過ぎると日に日に日没時刻が早まるのと相まって手指が冷たくて作業がはかどらないことがあります。夕刻近くなっても蚊の襲来がなくなったのはありがたいことですけど。

 出来上がった路盤に防草シートを敷き、砂利を入れ、枕木を並べ、レールを置いていきます。レールの曲げは同じ作業の繰り返しなので面倒だけれどひたすら続ければとにかく済ませられます。ところが花壇を越えて曲がったレールを一人で設置場所まで運ぶのは実に厄介で、バランスを崩せば転倒負傷しかねません。実際足のつま先近くに落下させてしまい危うくケガをするところでした。無理をせず、あらためて安全第一を心掛けることにしました。植栽を傷めることなく引きずりながら、あるいは片端を持ち上げるだけで移動できるルートを拓いてから少しずつ運搬するようにやり方を変えました。

 例によって内外のレール長の調整と継ぎ目板固定用の穴あけを行い、マルタイならぬ人力シングルタイタンパーで最終的にレール上面の高さ修正を行ってから枕木間に砂利を詰めると新規線路敷設はほぼ完了です。ホースで余計な砂利と泥を洗い流すと雨上がりみたいな何とも言えぬ風情の光景が現れます。わたしはなぜか濡れた線路が大好きです。手押し無蓋車で数往復、常に4輪がレールに接していることを確認してから、いよいよ動力車を乗り入れます。試運転は最徐行で行うものですが、1ノッチや2ノッチで急カーブに入ると止まってしまうので大胆にも3ノッチで力行します。




シリコンスプレーとグリススプレー

 新たに得た教訓です。枕木には当然のことながら丸い下穴が明けられていて四角断面の犬釘を打ち込むわけですが、滑りをよくするためにこれまでは釘の表面にグリススプレーを吹き付けていました。今回初めての試みとしてシリコンスプレーを吹いてみました。網戸や雨戸のきしみが一発で解消しウソのように滑りが改善されることを体験済みでしたし、テレビの
DIY番組で大工さんがほぞ組みが入りにくい時にシリコン塗布するとスパっと入るという実演をしていたので、一度試してみたいと思っていたのでした。果たして結果は、打ち込みはスムーズでしたが、他の釘を打つ振動で先に打ち込んだ釘が浮いてくるので最後までレールが固定できません。一旦抜いて釘と穴を溶剤洗浄し、打ちなおすとしっかり止りました。こんなことではほぞ組みの意味がありませんね、いい加減なDIY情報には注意しましょう。

 いやとうとうエンドレスの約1/3周分が完成しました。2階の窓から眺めると、よくここまで辿り着いたなぁというのが実感です。このペースだと来年中に全部が繋がるのは難しそうです。例の妄想が頭をもたげている限り線路敷設にばかり注力できそうもありません。

2階の窓からの俯瞰


2022/10/04

待避線(余談雑談) 機械式気動車の話

機械式気動車 紀州鉄道キハ40801(元芸備鉄道)
                鉄研OB富田さん提供
 心を揺する妄想トレイン、キハ40000は以前にも書いた通り機械式気動車と呼ばれる前世紀の遺物です。もちろん現役を退いて久しく、南部縦貫鉄道、頚城鉄道他等で動態保存された車両が細々とイベントで運転されているに過ぎません。基本原理は自動車と同じですが、製造時期が昭和初期(1920~1950年)であるため今どきの乗用車とは比較にならず、誰でも簡単に扱えるという代物ではありません。チャップリンの無声映画に出て来る自動車をご覧になったことがあるかと思います、あの自動車のメカが鉄道車両に転用されたと考えればだいたいどんな代物か想像できるでしょう。例えば車両重量が何十トンもあるのにエンジン出力はたった数十から百馬力程度、変速機にシンクロ(歯車を嚙み合わせる際に周速を合わせる機構)が付いていないために特殊なクラッチ操作が必要、前後の運転台から長い連結棒で機関制御や変速を行う等コツを要する体力操作をしなければなりません。というわけで、鹿部電鉄建設とは直接関係ない昔気動車についてとりとめのない余談雑談をします。興味のない人には全然面白くないし、何のことか理解しづらいかと思います。

 その多くは戦前製で新造時はガソリン機関を搭載していたものが、1940年の重大火災事故(転覆で漏れたガソリンに引火して多数の死傷者発生)を契機に戦後ディーゼル機関に換装されています。両者は機関回転数の制御方法や出力特性が大きく異なるためおそらくスロットルとクラッチの扱いが違ったのではないかと想像しています。その頃のディーゼル機関は出力軸から減速駆動された高圧燃料噴射ポンプを内蔵していて、プランジャ―ストローク(噴射量)を的確に制御してやらないと回転数がハンチング(不安定変動)したりオーバースピード(暴走)してしまったりするのでメカニカルガバナー(調速機)を装備していました。運転台にあるスロットルレバーはこのガバナーの設定速度を変化させることで機関回転数を制御します。

車体下に吊り下げられたディーゼルエンジンとクラッチ、変速機など
一部の部品は逸失していますが、各機器は運転台の操作レバーやペダ
から連結棒で制御される様子がわかります  旧佐久鉄道保存車キホハニ56

 私は機械式気動車を含めて実物の鉄道車両を運転したことがないので、今から50年以上前に各地の地方私鉄で乗車中に運転手の操作を観察した結果と機関や駆動系に関する知見から、想像で機械式ディーゼル動車の運転操作方法について説明します。もし間違いや補足すべきことにお気付きの節は、右側の「お問い合わせメール」または下の「コメント」でご教示いただければ幸甚です。

 運転台の操作機器配置は車両によってまちまちで、電車のように左がコントローラー(マスコン)右がブレーキ弁というような決まりはありません。ただ装備されている機器と機能はほぼ共通と考えていいでしょう。

            運転台操作機器配置例  旧佐久鉄道保存車キホハニ56 

1.スロットルレバー:機関の速度(回転数)を制御します。運転席の正面にあって左手で手前に引くと増速するのが地方私鉄では一般的ですが、国鉄型は右足元のペダルを踏みます。

2.クラッチペダル:多くは右足で踏み込むとクラッチが解放されるタイプです。国鉄では左足の位置にペダルがあります。

3.ブレーキ弁:単行を前提としているので路面電車と同様右手操作の直通ブレーキが多いようです。国鉄型は左側に自動ブレーキ風の弁を装備しています。機関車のブレーキ弁は入替時に窓から身体を乗り出して操作するために左側にあると言われていますが、なぜ国鉄の気動車がそうなったのかわかりません。

4.変速機レバー:加速時にスロットル操作する手と反対側にないと扱い難いので、多くは運転席の右側にあります。スロットルレバーが右手操作の場合は運転席の左側になります。レバーは抜き差しできるようになっていて方向転換した時は反対側の運転席に持って行きます。レバーが抜けないタイプの場合は、無人の後位側で運転席に連動してレバーが動きます。

5.上記以外の操作機器として、アイドル(低速)ガバナー、オーバースピード(高速)ガバナー、前後進切替レバー、手動ブレーキハンドル、スタータースイッチ、ブザーなどがありますが、すべてが装備されているとは限りませんし、運転席から離れた場所に設置されていることもあります。計器類としては空気圧計、油圧計などがあり、意外にも速度計がついていない場合が多いのに驚きます。

運転中の様子 岡山臨港鉄道
           鉄研OB富田さん提供
 続いて運転方法です。始業点検、機関始動、暖機運転までが終わった状態で気動車を動かすところから説明します。まず発車の際にはクラッチペダルを踏み込んで変速レバーを第1速に入れます。クラッチペダルを徐々に戻すと機関出力軸と変速機の間にあるクラッチが摩擦しながら回転力を伝え始めます。この負荷によって機関回転数が下がるので今にもエンストしそうになると同時に、出力軸のトルクムラによる振動で車両全体から「ガガガガーン」と大音響を発します。マニュアルトランスミッションの自動車を運転した経験のある人は、クラッチを繋ぐ前にアクセルペダルを少し踏み込んで回転数を上げておくことでこの現象を回避できると考えるでしょう。しかしディーゼル機関の場合は回転数が一時的に下がってもガバナーの働きによって燃料噴射量が自動的に増やされ元の回転数に戻ります。スロットルレバーを引くなど意図的に回転数を上げる操作はクラッチの摩耗を増進させ、過負荷の原因になるおそれもあるので禁物です。エンストしない程度に微妙なクラッチペダル操作をしながら、アイドル(最低)回転数のまま完全にクラッチが繋がるまで待ってからスロットルレバーを引いて加速します。第1速では機関速度が最大近くまで上がっても車両がやっと動いたという程度でしかありません。静摩擦状態から抜け出すことが第1速の役割です。

 そこまで加速できたらスロットルレバーを戻すと同時にクラッチペダルを踏み込みます。ここで変速レバーを第2速に入れようとしても異音がするだけで歯車は嚙み合いません。一旦中立(ニュートラル)位置で保持し、一時的にクラッチペダルを戻してから再度踏み込んで第2速の位置にレバーを動かします。レバーから軽く「ゴンゴンゴン」と歯車がぶつかる感覚が伝わるのに続いて第2速の位置にスムーズに入ります。いわゆるダブルクラッチというテクニックです。これは変速の前後で大きく異なる歯車の周速を同期させるために行われるもので、昭和の大型トラックやバスでは普通に行われていた操作です。その原理やメカニズムはネット検索すると動画の解説でも見ることができます。同じ要領で第3速、第4速と加速し、平坦路で安定速度に達したらクラッチペダルを踏んで変速レバーを中立位置にし、惰行運転に移ります。

 第1速での起動しやすさや第4速での均衡速度は、車両重量と機関出力によって変わってきます。当然運転線区の勾配によっても影響を受け、客車や貨車を牽引すれば自ずと限界があります。いずれにしても当時のひ弱なエンジンとシンプルなメカニズムで巨大な車両を安定して動かすのは並大抵のことではなかったであろうと想像できます。

水島臨海鉄道キハ311(元国鉄) 鉄研OB小林さん提供
 この煩雑な操作の一部を自動化した気動車に乗ったことがありました。いえいえ、トルクコンバーター付きの液体式気動車ではありません。1970年頃の水島臨海鉄道キハ311で、元国鉄キハ04の譲渡車です。この車両は発車時にエンストしないように運転手が勘を働かせながらクラッチペダルを徐々に戻す必要がなく、一気にペダルを戻してもクラッチが一定のタイミングでゆっくりと繋がる仕組みになっていました。その機構を実際に見ることができないので想像するしかなかったのですが、ペダルを踏んだ時は普通にクラッチが切れながら逆方向にはゆっくり動作するドアクローザーのようなメカニズムが組み込まれているのではないかと思っていました。もちろんこの仕組みがあっても第1速でクラッチが繋がる時の大音響と振動がなくなるわけではありませんし、
ドアクローザー
運転手の労力が特段軽減されているようにも見えませんでした。第2速以降への切替え時のダブルクラッチ操作がどうであったのかは観察不足で説明できません。この改造が国鉄時代に行われていたのかあるいは水島臨海で採用されたのか、他の車両(当時4両の気動車が在籍していました)も同様に装備していたのかずっと不明でした。その後色々と調べていると、国鉄で戦後ディーゼル機関に換装した車両で発車時(1)のトルクが大きくなって車輪や車軸の破損事故が多発したという記述を見つけました。その対策としてガバナーの作動速度向上と併せて空気圧動作でクラッチ接着が遅くなるよう自動化する改良がなされたと書いてありました。この事故は重連運転が頻繁に行われた車両でよく見られたとのこと、協調のタイミングが合っていなかったり混雑で過負荷になっていたりしたのでしょうか、取り扱いの荒っぽい運転手がいたのかもしれません。技術研究所で詳しい解析を行い、機関と車輪の間で自励振動(共振)が発生していたという結論から辿り着いた解決策がこの自動化だったそうです。機械式気動車にプレート車輪が多く使われているのも併せて実施された対策の結果とのことです。そんな問題を抱えながら機械式気動車は地方私鉄というフィールドで細々と生き長らえて来たのでした。

 近年の大型バスやトラックでは乗心地の向上や運転手の負担軽減を図るためにスイッチ操作によってギヤチェンジが行えるようになっており、当然ながら発車時の大音響なんか聞こえるはずもありません。もしこんな技術が機械式気動車に導入されていたなら静粛で快適なレールバスでローカル旅ができたと思うのですが、鉄道車両としての気動車は液体変速機という総括制御に適したメカニズムを取り入れて発達していきました。最新の気動車は発電機や蓄電池を効率よく組み合わせ、電車と同一の駆動系を装備していて、電化区間では架線から集電するなど多様な機能を持つようになっています。それはもはや気動車という範疇が鉄道からなくなってしまうかもしれないことを意味しています。