2022/10/04

待避線(余談雑談) 機械式気動車の話

機械式気動車 紀州鉄道キハ40801(元芸備鉄道)
                鉄研OB富田さん提供
 心を揺する妄想トレイン、キハ40000は以前にも書いた通り機械式気動車と呼ばれる前世紀の遺物です。もちろん現役を退いて久しく、南部縦貫鉄道、頚城鉄道他等で動態保存された車両が細々とイベントで運転されているに過ぎません。基本原理は自動車と同じですが、製造時期が昭和初期(1920~1950年)であるため今どきの乗用車とは比較にならず、誰でも簡単に扱えるという代物ではありません。チャップリンの無声映画に出て来る自動車をご覧になったことがあるかと思います、あの自動車のメカが鉄道車両に転用されたと考えればだいたいどんな代物か想像できるでしょう。例えば車両重量が何十トンもあるのにエンジン出力はたった数十から百馬力程度、変速機にシンクロ(歯車を嚙み合わせる際に周速を合わせる機構)が付いていないために特殊なクラッチ操作が必要、前後の運転台から長い連結棒で機関制御や変速を行う等コツを要する体力操作をしなければなりません。というわけで、鹿部電鉄建設とは直接関係ない昔気動車についてとりとめのない余談雑談をします。興味のない人には全然面白くないし、何のことか理解しづらいかと思います。

 その多くは戦前製で新造時はガソリン機関を搭載していたものが、1940年の重大火災事故(転覆で漏れたガソリンに引火して多数の死傷者発生)を契機に戦後ディーゼル機関に換装されています。両者は機関回転数の制御方法や出力特性が大きく異なるためおそらくスロットルとクラッチの扱いが違ったのではないかと想像しています。その頃のディーゼル機関は出力軸から減速駆動された高圧燃料噴射ポンプを内蔵していて、プランジャ―ストローク(噴射量)を的確に制御してやらないと回転数がハンチング(不安定変動)したりオーバースピード(暴走)してしまったりするのでメカニカルガバナー(調速機)を装備していました。運転台にあるスロットルレバーはこのガバナーの設定速度を変化させることで機関回転数を制御します。

車体下に吊り下げられたディーゼルエンジンとクラッチ、変速機など
一部の部品は逸失していますが、各機器は運転台の操作レバーやペダ
から連結棒で制御される様子がわかります  旧佐久鉄道保存車キホハニ56

 私は機械式気動車を含めて実物の鉄道車両を運転したことがないので、今から50年以上前に各地の地方私鉄で乗車中に運転手の操作を観察した結果と機関や駆動系に関する知見から、想像で機械式ディーゼル動車の運転操作方法について説明します。もし間違いや補足すべきことにお気付きの節は、右側の「お問い合わせメール」または下の「コメント」でご教示いただければ幸甚です。

 運転台の操作機器配置は車両によってまちまちで、電車のように左がコントローラー(マスコン)右がブレーキ弁というような決まりはありません。ただ装備されている機器と機能はほぼ共通と考えていいでしょう。

            運転台操作機器配置例  旧佐久鉄道保存車キホハニ56 

1.スロットルレバー:機関の速度(回転数)を制御します。運転席の正面にあって左手で手前に引くと増速するのが地方私鉄では一般的ですが、国鉄型は右足元のペダルを踏みます。

2.クラッチペダル:多くは右足で踏み込むとクラッチが解放されるタイプです。国鉄では左足の位置にペダルがあります。

3.ブレーキ弁:単行を前提としているので路面電車と同様右手操作の直通ブレーキが多いようです。国鉄型は左側に自動ブレーキ風の弁を装備しています。機関車のブレーキ弁は入替時に窓から身体を乗り出して操作するために左側にあると言われていますが、なぜ国鉄の気動車がそうなったのかわかりません。

4.変速機レバー:加速時にスロットル操作する手と反対側にないと扱い難いので、多くは運転席の右側にあります。スロットルレバーが右手操作の場合は運転席の左側になります。レバーは抜き差しできるようになっていて方向転換した時は反対側の運転席に持って行きます。レバーが抜けないタイプの場合は、無人の後位側で運転席に連動してレバーが動きます。

5.上記以外の操作機器として、アイドル(低速)ガバナー、オーバースピード(高速)ガバナー、前後進切替レバー、手動ブレーキハンドル、スタータースイッチ、ブザーなどがありますが、すべてが装備されているとは限りませんし、運転席から離れた場所に設置されていることもあります。計器類としては空気圧計、油圧計などがあり、意外にも速度計がついていない場合が多いのに驚きます。

運転中の様子 岡山臨港鉄道
           鉄研OB富田さん提供
 続いて運転方法です。始業点検、機関始動、暖機運転までが終わった状態で気動車を動かすところから説明します。まず発車の際にはクラッチペダルを踏み込んで変速レバーを第1速に入れます。クラッチペダルを徐々に戻すと機関出力軸と変速機の間にあるクラッチが摩擦しながら回転力を伝え始めます。この負荷によって機関回転数が下がるので今にもエンストしそうになると同時に、出力軸のトルクムラによる振動で車両全体から「ガガガガーン」と大音響を発します。マニュアルトランスミッションの自動車を運転した経験のある人は、クラッチを繋ぐ前にアクセルペダルを少し踏み込んで回転数を上げておくことでこの現象を回避できると考えるでしょう。しかしディーゼル機関の場合は回転数が一時的に下がってもガバナーの働きによって燃料噴射量が自動的に増やされ元の回転数に戻ります。スロットルレバーを引くなど意図的に回転数を上げる操作はクラッチの摩耗を増進させ、過負荷の原因になるおそれもあるので禁物です。エンストしない程度に微妙なクラッチペダル操作をしながら、アイドル(最低)回転数のまま完全にクラッチが繋がるまで待ってからスロットルレバーを引いて加速します。第1速では機関速度が最大近くまで上がっても車両がやっと動いたという程度でしかありません。静摩擦状態から抜け出すことが第1速の役割です。

 そこまで加速できたらスロットルレバーを戻すと同時にクラッチペダルを踏み込みます。ここで変速レバーを第2速に入れようとしても異音がするだけで歯車は嚙み合いません。一旦中立(ニュートラル)位置で保持し、一時的にクラッチペダルを戻してから再度踏み込んで第2速の位置にレバーを動かします。レバーから軽く「ゴンゴンゴン」と歯車がぶつかる感覚が伝わるのに続いて第2速の位置にスムーズに入ります。いわゆるダブルクラッチというテクニックです。これは変速の前後で大きく異なる歯車の周速を同期させるために行われるもので、昭和の大型トラックやバスでは普通に行われていた操作です。その原理やメカニズムはネット検索すると動画の解説でも見ることができます。同じ要領で第3速、第4速と加速し、平坦路で安定速度に達したらクラッチペダルを踏んで変速レバーを中立位置にし、惰行運転に移ります。

 第1速での起動しやすさや第4速での均衡速度は、車両重量と機関出力によって変わってきます。当然運転線区の勾配によっても影響を受け、客車や貨車を牽引すれば自ずと限界があります。いずれにしても当時のひ弱なエンジンとシンプルなメカニズムで巨大な車両を安定して動かすのは並大抵のことではなかったであろうと想像できます。

水島臨海鉄道キハ311(元国鉄) 鉄研OB小林さん提供
 この煩雑な操作の一部を自動化した気動車に乗ったことがありました。いえいえ、トルクコンバーター付きの液体式気動車ではありません。1970年頃の水島臨海鉄道キハ311で、元国鉄キハ04の譲渡車です。この車両は発車時にエンストしないように運転手が勘を働かせながらクラッチペダルを徐々に戻す必要がなく、一気にペダルを戻してもクラッチが一定のタイミングでゆっくりと繋がる仕組みになっていました。その機構を実際に見ることができないので想像するしかなかったのですが、ペダルを踏んだ時は普通にクラッチが切れながら逆方向にはゆっくり動作するドアクローザーのようなメカニズムが組み込まれているのではないかと思っていました。もちろんこの仕組みがあっても第1速でクラッチが繋がる時の大音響と振動がなくなるわけではありませんし、
ドアクローザー
運転手の労力が特段軽減されているようにも見えませんでした。第2速以降への切替え時のダブルクラッチ操作がどうであったのかは観察不足で説明できません。この改造が国鉄時代に行われていたのかあるいは水島臨海で採用されたのか、他の車両(当時4両の気動車が在籍していました)も同様に装備していたのかずっと不明でした。その後色々と調べていると、国鉄で戦後ディーゼル機関に換装した車両で発車時(1)のトルクが大きくなって車輪や車軸の破損事故が多発したという記述を見つけました。その対策としてガバナーの作動速度向上と併せて空気圧動作でクラッチ接着が遅くなるよう自動化する改良がなされたと書いてありました。この事故は重連運転が頻繁に行われた車両でよく見られたとのこと、協調のタイミングが合っていなかったり混雑で過負荷になっていたりしたのでしょうか、取り扱いの荒っぽい運転手がいたのかもしれません。技術研究所で詳しい解析を行い、機関と車輪の間で自励振動(共振)が発生していたという結論から辿り着いた解決策がこの自動化だったそうです。機械式気動車にプレート車輪が多く使われているのも併せて実施された対策の結果とのことです。そんな問題を抱えながら機械式気動車は地方私鉄というフィールドで細々と生き長らえて来たのでした。

 近年の大型バスやトラックでは乗心地の向上や運転手の負担軽減を図るためにスイッチ操作によってギヤチェンジが行えるようになっており、当然ながら発車時の大音響なんか聞こえるはずもありません。もしこんな技術が機械式気動車に導入されていたなら静粛で快適なレールバスでローカル旅ができたと思うのですが、鉄道車両としての気動車は液体変速機という総括制御に適したメカニズムを取り入れて発達していきました。最新の気動車は発電機や蓄電池を効率よく組み合わせ、電車と同一の駆動系を装備していて、電化区間では架線から集電するなど多様な機能を持つようになっています。それはもはや気動車という範疇が鉄道からなくなってしまうかもしれないことを意味しています。

0 件のコメント:

コメントを投稿