2023/02/26

待避線(余談雑談) 庭園鉄道が紡ぐ円満家庭

  「衣食足りて礼節を知る」あらためて説明するまでもなく、生活に余裕があってこそ社会秩序が育まれるということわざです。基本的欲求が満たされて精神的なゆとりが生まれると人は寛容になり周囲と融和する、と言い換えられると思います。

 Gゲージや5インチゲージなどの庭園鉄道を建設した人のSNSを見ていると、家族特に奥さんに反対された、あるいは説得に苦労した、という記述がたくさん見受けられます。実際に険悪な関係になったと言うほどではないにしても一筋縄に行かない理由はいろいろあると思います。線路用地と家人の花壇、菜園が干渉する、通行や庭利用の邪魔になる、世間体が悪い、などが主なトラブルでしょう。世間体云々というのはお互いが家族になる前に解決しておかなければならない問題だと思いますが、まさかその時は庭園鉄道という発想がなかったのでしょうね。さて冒頭の「衣食」を「土地」あるいは「庭」に置き換えると庭園鉄道に関して家族との関係悪化が回避できそうなことは想像に難くありません。16番やNゲージのレイアウトでさえ設置場所を巡って争奪戦があるのですから、15インチゲージ何をか言わんやでしょう。もし将来自宅に庭園鉄道を敷く計画がある、いや夢を持っている、かも知れない、少しは考えておきたい、ならチョッと広めの敷地購入をお薦めします。建売や住宅付き土地を検討する場合は建物と隣地境界の間に1m幅の帯地があり、できるだけ大きな半径(5m以上)で建物の角を曲がれることを確認しておきましょう。

 敷地がとてつもなく広ければ線路用地と花壇菜園の土地争いが起こらないか、と言えばそれは断言できません。「衣食足りて」と言う通りなんでも余るほどあるとろくなことはありません。家族はお互いに分かち合うからその絆が強まるのであって、列車の巻き起こす風に揺らぐ花も畑を横切る線路も、これこそが我が家の光景だと思えば奪い合うという気持ちは起こらないはずです。上に書いた土地の条件を満たしたうえでどんなふうに線路を敷くか、どんな想定の鉄道にするか(トロッコ遊び、実物の再現、運転本位、子供を乗せる)などを考えると同時に、家族が庭をどう使うつもりなのかをよく話し合って理解することが肝要です。極端な話、枯山水の純日本庭園を赤青黄色の遊園地列車が走るのはいただけません。

 鹿部に移住してきた当初は義父母と同居していました(させていただいておりました)。それ以前からコツコツと庭石を入れたり芝生を張ったりしてありましたが、まだまだ手付かずで雑草や灌木が生えている所があり、そういう場所を開墾して線路を敷きました。庭に線路を敷くというとんでもないことを見て初めは驚いていましたが、「この家は駅前徒歩0分の一等地になるよ。」「今度医者に行く時は道路までトロッコで行こうね。」と話している内にそれが当たり前になりました。「北海道は遠いけどウチの自慢の線路を一度見に来てよ。」と親戚や知人に電話する有様でした。もちろんこんな土地を自由に使わせてもらえるありがたさに感謝を伝えることは怠りませんでしたが、何より線路やトロッコを作っている時の私の嬉しそうな顔を見るのが本人以上に嬉しかったと言っています。

 今我が家は二人とも年金受給者ですが、現役時代から夫は外で稼いでくるもの、子育て家事は妻の務め、と言った考えは絶対に持たないことにしていました。互いに得意なことは進んでするけれど、それを義務だとか役割と決めつけると不満の種になります。趣味の世界であっても境界線は引かないに越したことはありません。花壇作りの力仕事を頼まれた時は体力と時間の許す限りは引き受けて、色とりどりの花が咲いたら大いに愛で、畑からお芋が採れたら腕を振るって美味しくいただく、電車遊びを楽しんだらとびっきりの笑顔で喜びを表現する。それぞれにお客様が訪ねてきたら一緒におもてなしに加わる。共有する庭があるからこそ分かちあえるものが生まれるのだと思います。

 と言うのは鹿部電鉄での一つの実例で、明確な境界線を引いて相互不可侵の掟を堅持するもあり、最初から国境も敵国もない世界で生きていくのも有力な選択肢かとは思います。