2026/06/06

デ1全般検査

内装窓枠等は無塗装だったので
シミで見苦しくなっていました

  デ1は2019年10月に完成しましたが、車体を塗装したのはその約1年前の8月でした。当時のことを次のように書いています。「とりあえずは2回塗って、後は1年ごとくらいに塗り重ね、ある程度の塗膜になれば適宜補修するという計画でよいと思っています」。しかし事実はその時一度塗ったきりでかれこれ8年経過し、塗面のみならず下地の木部にも劣化が進行しているようです。ここ何年かは見るたびに塗り重ねをしなければ、と思いはするものの手が動いていませんでした。キハ妻板の修復をはじめ喫緊の案件が気にはなるとはいえ、これ以上放置すると取り返しがつかなくなりそうです。外装もさることながら、窓枠やその周辺の内装は無塗装のままだったので浸み込んだ雨で木部が黒く変色して見苦しくなっていました。模型の内部は塗装しないのが常だったので、それを踏襲しただけなのですが、屋外保管で徐々に変色が進んでいると気が付いた時はすでに遅しということになっていました。「思い立ったら吉日」と言う通り、一大決心をして外せる部品は全部取り外して再塗装することにしました。Wikipediaで「日本の鉄道車両検査」を調べると、一般の車両は8年ごとに全般検査が行われることになっているそうなので、塗装に関してはそれ相当ということになります。

 そもそもやっとのことで再塗装に思いが至ったきっかけは、運転席の右側面の下部のかき傷がかなりひどくなって見過ごせなくなったことにあります。その元凶はこれで、引っ掻かれた痕はこの通りです。

建築限界を超えて枝が張り出すツツジ(手前)とバラ(奥)   擦れて傷ついた側板____
このツツジも奥のバラも数年前まで電車に接触することはなかったのに、だんだん太い枝が強く擦れるようになって最早許容できなくなってしまいました。それに加えて近々九州から遠路遥々鹿部電鉄の見学をしたいとの申し入れがあって、あまり恥ずかしい姿を見せたくないという気持ちが働いたことがあります。まぁこんなことでもないとなかなか重い腰が上がらないもので、だらだらと変化のない日常を過ごす身にとってはいい刺激になります。

屋根を取り外して脇に置く
 さて全般検査の取っ掛かりは車体の分解から始まります。屋根を固定しているねじを緩めて取り外すといかにも検査中という雰囲気になります。クレーンがないのが辛いところで、怪しい腰使いで隣の作業台まで移動、埃やゴミを拭き取っているとそれらしいメンテを怠っていたことが悔やまれます。傷、シミ、ひび割れ、浮き上がりなど上塗りだけでは修復できそうにない深刻な傷みが見受けられます。サンドペーペーで擦れば目立たなくなりそうなものからパテやシーラントで埋めなければならないものまで症状に合わせて対処することにしました。
屋根樋コーナー部ひび割れから雨水が侵入するおそれ  幕板の経年変化による段差発生

 約1か月をかけてということは実物並みの工期ですが、塗装関係が主でブレーキや駆動部のチェーンなどまで分解はせずに機能点検だけです。とはいえブレーキシューに溜まったホコリとグリースの塊除去や左右のバランス調整、動作代の確認などを行いました。再塗装の様子は以下の写真をご覧ください。

外面油性塗料チョコレートの上塗り 内面はサンダーで汚れを落としてからワニス仕上げ
窓枠も外面は油性チョコレート     内面は取り外して(左)サンダー研磨(右)

ポール、ヘッドライト、台車の塗装完了後車番と社紋をマスキング白入れ_______
________________コントローラーも再び金色(磨いた真鍮色)に輝きます
 この後取り外した窓ガラス(アクリル板)を基の位置に戻すと全般検査完工となりますが、そのアクリル板が白濁変色しているため研磨が必要になります。磨いて透明感が戻ればいいのですが、これはやってみないと簡単に済むのかどうかわかりません。その写真は後日アップする予定です。投稿が途絶えているので読者の方はさぞ「キハの補修に手間取っているのではないか」と考えておられると思います。はい、すぐに取り掛かりますのでキハの復活をお楽しみに。

2026/05/05

キハが直面する厄介な問題

この画像では妻板下部もシートで覆われてい
ますが、風でめくれると雨風が入り込みます
 ブルーシートを掛けて冬を越したキハ、実は車体の側板や妻板は取り外して骨組み(構体)だけにしていました。その理由は、一昨冬もシートを掛けていたのに丈が短いので車体木部の下縁が濡れて大変なことになっていたからです。それが判明したのは昨年の春のことですが、修理方法の見当がつかないうえに体調がすぐれなかったことから、一年間見て見ぬふりをしていたわけです。今告白します、妻板下部は修復不能なほど変形崩壊していて全面的に作り直さなければならない状況に陥っています。何度見ても出るのはため息ばかり、最初に作り始めた部分であり、キハ40000の顔なので整形や窓の構造には思い入れがありました。整形した板を、良かれと思って接着組立したことがあだとなって、損傷している部分だけの修理が実に難しそうなのであります。
雨でヒノキ材が膨潤変形して接着部は剝れ、ひび割れが広範囲に伝播、
ほぞ組みは
修復不能に。破損状況は見た目よりも深刻になっています。
破損がこれ以上広がらないよう一部応急処置として補修してあります。

 もう一つ問題があり、鋼体の組み上がり寸法が図面通りになっていませんでした。車体中央部で上下の梁の距離が4~5㎜ほど小さくなっています。組み立て前の部材は寸法通りに加工されており、あらためて30□鋼管の強度計算をしたところ、仮に体重が1ヶ所に集中的に加わったとしても塑性変形するには充分な余裕があることがわかりました。原因はどうやら長寸の梁の製品寸法許容範囲内での変形にありそうだということがわかりました。曲がりの許容値は長さの0.3%以下ということになっており、約3m離れた柱間では最大9㎜まで、上下の梁が逆方向に変形していると18㎜まで間隔が広がったり狭まったりしうることが仕様書から読み取れました。5㎜なら充分ありえる値でしょう。そこで車体中央部左右に梁の間隔を矯正する柱を取り付けることにしました。この問題も1年間寝床でどうしたものかと原因や対策を考えていたのですが、案ずるより産むが易しの言葉通り解決することができました。後付けの柱然としていますが車体内部に隠れるので気にしないことにします。

左:構体の全景  右:中央部で上下梁の間隔測定、設計上は717㎜のところ実測値は713㎜
前後の柱間距離は2745㎜あるにもかかわらず、中間部に支柱がないことが梁変形の原因です。

 さて元の問題に戻って妻板修復をどうするか、一から作り直すと専念しても2ヵ月くらいはかかると思われますが、2ヵ月で元通りになるのなら素直にやればいいとも考えられます。下手な修理でみっともない仕上がりになることを思えばその方がよいかもしれません。しかしせっかくこだわって作った妻板があるのにまた同じ作業を繰り返さなければならないのはどうにも気が乗りません。こんなことでいつまでもくよくよと考え悩むより、一刻も早く決断していずれの方法であってもまず着手することが最良の選択であることは間違い有馬温泉。

ここまで修復できるかが最大の気がかり

2026/04/19

待避線(余談雑談) 久しぶりの鉄旅

スタートは函館本線森駅
 体調が回復したのでかねてより計画していた札幌方面へ2泊3日の鉄旅に出かけました。家内同伴だったので純鉄ではなくて観光やグルメも織り交ぜ、それでいて単独行動時はどっぷり鉄にハマる半鉄旅でした。

 まずは岩見沢の空知鉄道訪問です。2021年11月に空知鉄道さんが鹿部電鉄を訪問下さり、その時に「是非空知鉄道さんへも見学に行きます」と約束しておきながらコロナ騒動や私の体調不良が原因で果たすことができず、ずっと心残りになっていたのでした。その間に空知鉄道さんには2両連結の赤い電車(国鉄711系がモチーフ)が増備され、新しい車両基地や線路の延長がされていました。6月には延伸開業式典もあるとかで、訪問時はその準備に忙しくされているところでした。レイアウトが大幅に変わっても鉄道はPoint to pointであるべきだとの拘りは持ち続けているそうで、私はループで無限運転を夢見ているのですが、気持ちは大いに理解できるところです。興味のない人からすれば何がそんなに面白いんだと言われそうな話題で盛り上がりながらも、気が付けば次のスケジュールが迫っていたのでお暇しました。

 札幌市交通資料館という交通局の市電・地下鉄・バス博物館があり、そこには私の大好きなディーゼル路面電車D1040が保存展示されています。実は鹿部に移住してくる以前の2010年に見学したことがあってこちらに来てからもずっと再訪したかったのですが、2017年からリニューアル工事で長期閉館していたのでした。お目当てのD1040がなくなったかもしれないという情報があって心配していたのですが、健在(?)が確認出来てひと安心。退色や発錆があるものの、今でも時代を感じさせないどころかあらためて現代の電車に見習ってほしいと思うような端麗なデザインにうっとりしてしまいました。一部の車両が入れ替えられていて近年廃車された親子電車のM101が追加保存されていました。ただしTc1と離れた場所に置かれているのは博物館として思慮不足(資金不足?)としか思えません。

再会できたD1040     と     M101と簡易密着連結器

 もう一つ久しぶりの市電に変化があったのがすすきの付近での路線ループ化です。と言っても2015年のことで、この目で見るのは初めてになります。札幌駅前通をサイドリザベーションで南北に電車が走り、ニッカウヰスキーのヒゲのおじさんの前を大回りして月寒通に向かいます。すすきの電停の西側に路面電車としては珍しい引き上げ線が増設され、さらに渡り線までありますが一体この線はどのように使われるのか興味が尽きません。ここからまず内回りの電車(3車体ポラリス)で循環線を所要55分で1周、お好みの電車に乗り換えてさらに3周しました。日が暮れてこの日の鉄活は終了です。

__外回り線の大カーブ         すすきの電停西寄りの引上げ線

 札幌からは特急でさっさと帰りたがる家内の説得に成功し、廃止バス転換が決定された山線での普通列車の旅を楽しむことにしました。”DECMO”の愛称で呼ばれるH100型気動車に乗るのは初めての体験です。鹿部電鉄で製作中(計画中)のキハ40000と同じディーゼルエレクトリックなので、どんな音がするのか、どんな運転操作なのか、と興味津々です。結局床面から聞こえるエンジンの騒音はキハ40以上に耳障りで、運転操作は電車と同じワンハンドル、圧力と速度以外のメーター類はモニター上に選択表示されてほぼすべてがコンピュータ制御されていることが窺えました。今どき珍しくなったクロスシートの座り心地はどうかと言うと、座面の奥行きは浅くクッションは硬い、その割に尻が痛いとか疲れるということはなく、むしろ足元が広い感じがして旅情を楽しむのには適していると思いました。倶知安に近づくと羊蹄山の威容が車窓に迫り、鉄旅は最高潮に達します。車内は地元客と通学生が多くを占めており、新幹線が開通したら在来線を廃止するという理屈の妥当性は全くもって理解できません。

札幌から小樽まではロングシートの733系   小樽からは一部クロスシートのH100

残雪が美しい羊蹄山
 というわけで、まずは近場のお試し旅行は全くトラブルなしの大成功。次は津軽海峡を渡って青森からリアス海岸めぐりかなとか、想いを巡らしています。

2026/04/09

車止めの修復

  昨年11月18日に「冬支度」のタイトルで、道路に面した終端部に設置していた車止めが腐朽してレールと上部が分離してしまっていることを報告しました。「後ろ向きの仕事は来春のとっかかりにする」と書いているので、少し暖かくなった数日前から取り外して線路脇に置いてあった車止めをまず解体しました。最初に作った時の設計図が保存してあるので、枕木を所定の長さに切断し、防腐剤を塗布乾燥してから組み立てます。


 旧車止めから取り外したレールを新しい枕木に打ち付けますが、この作業は何年ぶりでしょうか。分岐器の先にエンドレスを延長したのが2022年の晩秋でしたから、かれこれ4年近く犬釘打ちをしていなかったことになります。中腰の作業は次の日にぎっくり腰を誘発するので庭仕事用のコマ付き椅子に座りますが、今度はちょっと離れたところの道具に手が届かず、立ったり座ったりするうちにまた腰が痛くなってきます。

 設置場所の砂利を除去してから出来上がった車止めを置き、砂利を戻してレール上面高さを調整、ペーシ・モール(継ぎ目板)で既存レールに接続します。砂利には泥や草の根、木の葉などが混ざっているので高圧散水で吹き飛ばすと見違えるばかりにきれいになりました。

2026/03/30

グリーシング

  鹿部電鉄は雪のシーズンもできるだけ除雪をして通年運転が可能となるように努めています。とは言え考えてみると今冬は実際に雪の中を電車が走ることはありませんでした。庭の雪もほとんどなくなり、そろそろ運転のための整備をしようと思いながら、暖かい日には試し釣りに出かけてしまうのでなかなか始まりませんでした。今日は日差しがなくて肌寒く、暖房の効いた部屋から出るのに勇気が必要でしたが、近々お客様の訪問があるので運転を披露することにもなるかと重い腰を上げました。雪が積もるほど寒いときは積極的に雪かきするのに、春になったら外に出るのが億劫になる心理は我がことながら理解できません。

屋根から落ちた雪が残っていますがこれが最後の塊です

清掃します
 久しぶりにデ1の車内を見渡したところ、クモの巣や虫の死骸、木の葉、石ころが転がっていて、まずは掃除が必要と判断しました。床板を外して駆動部を見るとチェーンもスプロケットも赤錆に覆われてカラカラになっているではありませんか。やはり掃除機で枯葉と石ころを取り除いてから潤滑油をスプレーし、続いてグリースを塗布しました。動かしていなかったので油切れでも異常摩耗が進んでいるわけではなさそうです。注油が済んで試運転をしたところ、走行音は心なしか静かに感じられます。何カ月ぶりかの通電でバッテリー電圧は少し低めになっていました。

カラカラに乾いたチェーンとスプロケットにグリースを塗布します


 トの車軸にグリースを塗布し、キハのペデスタルにもグリースを塗布しました。この部分は構造的に直射日光に晒され、雨ざらしでもあるのでうっかりすると枯渇してしまいます。逆に注油はしやすいので定期的にメンテを怠らないように気を付けます。

 夕方になって気温が下がり、指が凍えて痙攣していました。春とは言えまだまだ寒い!


2026/03/21

待避線(余談雑談) 春の嵐

  昨夕から降り始めた雪混じりの雨が夜半に突風を伴うようになったのは知っていましたが、朝起きたらなんと線路を跨いでいたパーゴラが崩壊していました。このパーゴラは将来エンドレスになる曲線部にありましたが、そこに線路が敷かれるずっと前、バラの苗が植えられた時にからまって成長できるように設置したものです。SPF材で作ったので風雨に曝されて根元は腐り、触るとグラグラしていました。全壊状態でしたが、幸いバラは無事でした。

無残に崩壊したパーゴラ

2016年に作成したパーゴラの設計図

 パーゴラが設置されたころに開通した北海道新幹線がまもなく10周年を迎えます。同じ日に開業した道南いさりび鉄道でも記念イベントが目白押しです。去る3月14日のダイヤ改正でJR線からは全廃されてしまったキハ40がなお主力で働いており、旧国鉄色の2両編成記念列車が今日、明日の2日間函館本線森駅まで駒ケ岳を往復周回します。

塗り替えただけでチョッと高級な感じになるキハ40

タラコ色ながら方向幕は「急行」です

 自宅裏手の踏切で列車の通過を待っていると何台かの乗用車が走って来て、勝手知ったるが如く線路脇のスペースに駐車したかと思ったらカメラを持った鉄っちゃん達は線路沿いに撮影場所へ移動していきました。地元民かと思いましたがナンバープレートを見るとレンタカーらしく、ということは全国から集まってきているのでしょう。ご苦労様です。

2026/03/11

待避線(余談雑談) 春の陽気に誘われて

  鹿部では今冬降雪量が少なく、2月末にはあちこちで地面が露出してフキノトウが芽を出し、このまま春になるのではないかと思わせる日が続きました。その後辻褄を合わせるかのように湿った雪が降って重たい雪かきに苦悩しましたが、それも数日で融けて今日は朝から暖かい陽光が射しています。

 年明けの手術のおかげで体調は万全となり、差し控えていた運動や外出も復活、それで少し長めの散歩にでかけました。青空が広がり、空気が澄んでいることもあって陽が当たるとポカポカしますが、空気の温度はまだ一桁なので手袋がないと肌寒い感じは否めません。

 家を出て数分歩けば大きなリゾートホテルが建っています。数年前から休館していたところ、別の事業者が5月から営業を再開するとの情報があり、周辺では活気が戻ると期待が膨らんでいます。遠方からの鹿部電鉄訪問は便利になるかもしれません。

 ホテルの前にはゴルフ場が広がっています。ここも一度はほぼ全面的に芝が広がっていましたが、先日来またうっすらと雪に覆われてしまっています。ここのTグラウンドからは噴火湾の向こうに室蘭一帯が見渡せます。

 ゴルフ場の隣にあるのがリゾートのサロンです。デベロッパーの現地管理事務所があり、集会室や展望席が自由に使えてセルフサービスでコーヒーやお茶もいただけます。

 自宅近くまで戻って来たついでに函館本線の踏切に立ち寄りました。線路わきの残雪には動物の足跡が多数あり、上空からは北に向かって旅立つ白鳥達のにぎやかな鳴き声が聞こえてきます。

 自然に囲まれた雰囲気を満喫していると、はるか彼方から何やら轟音が響いてきました。音の主はレッドベア。8時半の函館行きを最後に客レは15時半まで来ませんが、カモツは1、2時間に1本くらいの割合でダイヤが組まれています(日によってウヤあり)。ここの線路は数十年来レール交換されていなかったので酷く凸凹しており、コンテナが揺れて脱線しないかハラハラしながら見守っていましたが、最近やっと整備されて普通の線路らしくなりました。大沼あたりまで全線の整備が完了するまで40km/hの速度制限はまだしばらく解除されそうもありません。

 何年か前の散歩中に撮影した線路の画像を思い出しました。脱線しかねなかった線路の旧談です。左は取り外して鹿部駅構内に積み上げてあったレール端面の摩耗状態、右は継ぎ目部を車輪が通過したときに叩かれて扁平に剝離変形した部分です。

 左は線路をズームアップした画像、右はそこを通過するトランスイート四季島、乗客はローカル線らしい心地よい揺れに酔いしれていたことでしょう。