2022/10/30

待避線(余談雑談) ディーゼルエンジンの話

  話は脇道、いや待避線のさらに側線に逸れてしまいますが、片足は本線に残して置くように努めます。鉄道用ディーゼルエンジンにまつわる色々なお話です。

1.回転数(速度)制御

 ガソリンエンジンとディーゼルエンジンには多くの共通点と相違点があります。すべてを語ると一冊の本が書けるくらい、いえとても一冊くらいじゃ書ききることはできないでしょう。どちらもシリンダーの中で燃料を燃焼させてピストンを動かし、クランクシャフトを介して回転力として出力するという基本原理を同じくする内燃機関と呼ばれる原動機です。両者の根本的な違いは、片や気化しやすいガソリンを使用するのと、他方軽油や重油といった低揮発性油を燃料にしていることです。それに起因してその燃料をシリンダーに送り込む付随機器の種類や構造が全く異なるとともに、シリンダー内部での着火原理、燃焼現象、出力特性などに明らかな差異が生じます。

 今どきの自動車用エンジンはガソリンもディーゼルも電子制御方式が主流になっており、それに伴って燃料を送り込むための機器類も電気信号による駆動に適したものに進化しています。ひと昔前までは自動車や船舶、もちろん鉄道車両用を含めてほぼすべてがメカニカルな機構で制御されていました。例えば回転数を一定に保つためのガバナーは調速機と呼ばれ、エンジンに限らず時計、オルゴール、蓄音機、エレベーターなどに同じ原理の機構が組み込まれています(した)。回転数が目標値より高くなると錘の遠心力が大きくなることを利用して、その力で燃料を絞ったりブレーキをかけたりして元の速度に戻す働きをします。回転数が低下した時は逆の動作をします。

 ガソリンエンジンの回転数は元々安定した特性を持っていて、吸気口のスロットルバルブを開けば流入空気とともにより多くの燃料が吸い込まれて回転数が増加した状態で安定します。これは自動車のアクセルペダルを踏み込むと加速できることで実感できると思います。ディーゼルエンジンの場合は吸入空気が圧縮されて高圧高温になったシリンダー内にさらに高圧の燃料を噴霧するために、エンジンで駆動されるプランジャーポンプ(強力な水鉄砲の先が噴霧器になっていると想像してください)が装備されています。このポンプの有効ストロークを長くすると噴射される燃料量が増えるので回転数が高くなりますが、それに伴って燃料量が増えることになるのでさらに加速してしまいます。つまり想定以上に増速してしまうのですぐにストロークを短くしないと思い通りの回転数に落ち着きません。この操作を自動で行ってくれるのがガバナーで、ディーゼルエンジンには必須の機構ということになります。バネを介して錘の遠心力と釣り合う外力を与えることで自在に所定の回転数を得ることができます。機械式気動車の運転台にあるスロットルレバーはディーゼル化された後もガソリンカー時代の名称を引き継いでいますが、その先はガバナーに繋がっています。スロットルレバーを挟んで、アイドル回転数を保つ低速ガバナーレバーと最高回転数を抑える高速ガバナーレバーが3連で並んでいる車両もあります。なお電動式燃料ポンプを電子制御する方式でも、回路の誤動作や電源喪失に備えてバックアップのためのメカニカルオーバースピードガバナーや緊急停止機構が装備されています。


2.ディーゼルエンジンの熱力学的特徴

 ガソリンエンジンとディーゼルエンジンの違いの話に戻ります。石油ストーブを扱ったことがある人は御存知かと思いますが、灯油はなかなか火が点き難いもので、軽油や重油はなおさらです。一旦点火して炎が上がると勢いよく燃えてくれます。つまりガソリンは常温でも火元があると引火するのに対して、灯油、軽油、重油などの低質油は周囲温度がある程度高くないと燃えません。しかし発火点と言われるさらに高い温度に晒すと自ら発火します。ディーゼルエンジンではシリンダーに吸い込んだ空気の体積を20分の1近くまで瞬時に圧縮することによって数百℃程度(理論的には約700)に温度を上昇させ、そこに燃料を噴霧することで燃焼が起こります。

ガソリンとディーゼルエンジンの比較
 ガソリンエンジンでは空気とガソリンの均等な混合気が吸入されている所に点火栓で着火させるので、一気に爆発してシリンダー内の圧力が瞬間的に上昇し、ピストンを押戻しながら容積が大きくなるにつれて内圧が下がっていきます。これを断熱膨張と言います。一方ディーゼルエンジンでは噴霧された燃料が持続的に燃え、等圧膨張というほぼ一定の大きな力でピストンを押し続ける現象が起き、燃焼が終わった後は断熱膨張でピストンを押し下げます。少し難しい話になりますが、圧縮および燃焼膨張行程における圧力と容積変化の関係を図示したP-V線図を右に示します。それぞれの線で囲まれた面積が出力となり、ディーゼルエンジンの方が同じ排気量でより大きな出力を発揮できることがわかります。
と口で言うのは簡単ですがこの燃焼とピストンの動きは都合よく理屈通りになるものではなく、両者を整合させながら効率よくコントロールし、同時に有害物質の排出をも低減するためにエンジン開発技術者は日夜頭を悩ませているのです。

3.圧縮発火原理

20馬力のディーゼルエンジン
 滋賀県長浜市にヤンマーミュージアムという施設があります。ヤン坊マー坊でおなじみ、「小さなものから大きなものまで動かす力のヤンマーディーゼル」の博物館です。エントランスホールには天井に届くかと思われるほど大型で世界最古級(1899年製)のドイツ製ディーゼルエンジンのレプリカが展示されていますが、これはたった20馬力だそうです。ヤンマーOBの同級生がここを案内してくれた際に、ディーゼルエンジンの発火原理実験を特別に見せてもらいました。内径1cmくらいのABS樹脂管の底に綿の玉(燃料の代わり)を置き、この管にピストンを差し込んで一気に押し込むと内圧が上がり、一瞬綿がピカッと光って燃えるのです。熱が外に逃げる間もなく一気に押し込むのがコツで、断熱圧縮という現象を体験的に理解できる実験でした。ジワジワと遠慮しながら圧縮しても火は点きません。この投稿を機に当時の山本館長にお願いしてその動画を提供していただきました。

 こぼれ話を聞いてまた驚きです。時期は不詳ながら古くから東南アジアでこの着火法が使われており、お土産として持ち帰った器具で葉巻に火を点けるのを見たルドルフ ディーゼルが「高圧内燃機関を発明するのに、もっとも大きな刺激となった」と語ったとのことです。

4.出力の表示について

 気動車と一口で言っても黎明期の単端式2軸車から最新型で「モハ」を名乗るハイブリッドタイプまで新旧大小さまざまな車両が存在します(した)。両極端は除外して、キハ40000には100PS(馬力)GMF13型ガソリンエンジンが搭載されていました。JR北海道の特急用キハ261系はDMF13系ディーゼルエンジン450PS2台搭載しています。エンジン形式の最初の2文字GMはガソリン、DMはディーゼル、次のF6気筒、13は排気量13L(13000CC)を表しています。同じ排気量でありながら昭和の初期から平成にかけて5倍近くまで出力増強がなされたことを物語っています。(初期のGMF13とキハ261系に搭載されているDMF13HZHは全く別物です)

JR北海道キハ261系特急気動車

 ところで日本を代表するスポーツカーニッサンフェアレディZは今どき珍しいハイブリッド機構を有しない純ガソリンエンジン車ですが、そのカタログのエンジン主要諸元を見ると排気量2997CC(3L)、最高出力405PSと書いてあります。排気量がキハの1/4なのに馬力はほぼ同じレベル?

 数字に偽りはないものの出力の意味が異なっているのです。鉄道車両用機関の場合は「連続定格出力」で表示されるのに対して通常自動車のカタログには(瞬時)最高出力が記載されます。それはエンジンの使われ方が異なるためで、鉄道では最高速度到達まで加速に時間を要したり長い勾配を登り続けたりするために連続して発揮できる出力を標記します。冷却系や動力伝達系への影響、機関や車両の寿命が考慮された数値になります。一方自動車では急転回や追い越しといった短時間に急加速するために必要な瞬発力が重要な性能として記載されるわけです。決して鉄道用機関の性能が劣っていることを意味しているわけではありません。

5.DMH17エンジンの逸話

 インドは鉄道王国です。今でも続いているのか知りませんが、扉や連結面に人がぶら下がり、屋根の上にも大勢乗っている映像を見たことがあります。学生時代のことですが、インド国鉄の技術者が研究室に訪ねて来るという話を聞いて楽しみにしていました。結局教授と面会しただけで、私たち学生にはお土産として分厚い論文集が置いて帰られました。後で聞いたところによると、その技術者は結構身分の高い人らしく1年間の期限で日本の鉄道技術を勉強するために家族連れで東京に居宅を用意され自由気ままな生活を堪能していたが、帰国時期が近付いてきたにもかかわらず報告に値するような成果が得られなかったので教授のところに泣きついてきたとのことでした。詳しいいきさつは知る由もなく、聞こえて来た事情はおもしろく脚色されていた可能性もあるので事実と相違していたかもしれません。

 その置き土産は、国鉄の技術研究所などから寄稿された何本かの学術論文をまとめた「DMH17型ディーゼル機関発達史」というようなタイトルで、開発の経緯から分類、採用された車両の種類や性能、問題点と改良の詳細などから構成されていました。もちろん日本語の論文なので件の技術者が目を通して内容が理解できるようにするには英語への翻訳が必要でした。そこで研究室の学生が手分けして英語に翻訳することになったのですが、単純に頭割りしても一人数十ページ、研究分野が関連した学生の応援を頼んでも相当な負担になりました。今のような便利な翻訳手法があるわけはなく、振り返って当時の私の英語力は酷いものでしたが、どんな論文が割り当てられるのか楽しみでした。後日受け取った論文のタイトルもその内容もすっかり忘れたものの、1週間くらい嬉々として翻訳に取り組んだことを覚えています。英文の作成には苦労したけど論文の内容を理解するのは全然難しい話ではありませんでした。それだけに乏しい英語表現力で内容を充分に書き留めることができないもどかしさを感じました。そんなことより鉄道のことを全く知らない人がどんな翻訳をしたのか気になり、他の学生に聞くと「どうせ他人の褌で相撲を取ろうと言うような人やから格好さえついてれば中身はどうでもエエンやない?」とクールでした。

 その後彼がどんな報告書を作り、どんな評価を受けたのか、果たしてインド国鉄の技術向上に貢献することができたのか、何の連絡もありませんでした。

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