2023/01/03

運転手の心遣い

蒸気機関車の運転席
         小樽市総合博物館C126

 電車に乗った時に運転手の所作を見たことがある人は、T字型のハンドルを手前に引けば電車が加速し奥に倒せば停車することぐらいなんとなくわかっていると思います。もしその人を蒸気機関車の機関士の席に着かせたとしても、一体どうしたら機関車が動くのかなんて想像もつかないでしょう。最新と最古の鉄道車両ではこれくらいの違いがあります。いや最新のものはボタンを押すだけで発車し次の駅で自動的に停車しますし、無人で走るものまであります。

 昭和の始めの電車「大沼電鉄デ1」はその中間的な存在で、運転するにはモーター音を聞きながら直接制御器のハンドルを少しずつ回して加速し、ブレーキハンドルを加減してショックがないように停車させなければなりません。ATSなんかありませんから前方の車両や障害物を目視し、勾配や曲線部を通過する際には制限速度以下に制御する必要があります。運転手は計器がなくても速度やモーターの電流、ブレーキの空気圧を体感で把握していて安全に動くように機器操作します。無理な運転をすると次にどんなことが起こるか、その限界までどれくらい余裕があるかなどを、勘を働かせて常に予測します。最新の電車は運転手に代わってコンピューターが安全かつ効率よく加減速するとともに色々な数値をモニター表示し、常に監視していて異常があれば警報を発します。運転手は何も考えずに座っているわけではなく、表示内容から列車運行が安定していることを把握すると同時に、センサーの目が届かない部分、前方や周囲の安全確保に余力を注ぎます。鉄道の運転に限らず、船舶や航空機の操縦方法を含めて世の中のほとんどの仕事の内容が時代とともに変わってきています。

 少し前にネットで「電車の運転が面白くない」という記事を見つけました。憧れの電車の運転手になって初めは嬉しかったけれど、何年も続けているうちに変化のない仕事に疑問を感じるようになった、という運転手の告白です。すべてがコンピューターによって落ち度なく操られるので工夫や技巧を差し挟む余地がなく、働いている時の自身の存在感、勤務を終えた後の達成感や満足感が得られない、というのです。安全で正確な輸送という本来の目的には叶ったものかもしれないけれど、それを担う人間の存在価値というか大げさに言うと尊厳がなくなってしまっているのかもしれません。かつて機械文明を皮肉ったチャップリンのモダンタイムスの再来のようにも思えます。

 それはさておき、YouTube5インチゲージや15インチゲージの動画を見ていると、実物同様VVVF方式の電車が幅を効かせています。中には外見は汽車なのに「プワーン プワーン」と特有の音を発して加速するものまであります。そんな時代に鹿部電鉄のデ1は抵抗制御の直流モーターで動いており、チョッと自慢の一台です。近代的な駆動方式のものと比べてこの電車の運転性能には少し違うところがあります、それは最新式に対して劣っている点でありながら、ある意味失ってしまった物の価値を思い起こさせてくれる貴重な教材であるとも言えるものです。例えばコントローラーハンドルを一段ずつ進めていくと電車は同じように加速していきます。ところが線路に勾配があったり付随車を連結していたりすると、抵抗制御の電車の加速は遅くなり到達速度も低くなるのに、VVVFでは負荷に関わらず常に同じ加速度でノッチ目盛りに応じた最終速度に到達できます。急カーブにさしかかるとデ1のモーターは唸りを立てて速度が低下しますが、負荷限界を越えない限りVVVFではあたかも速度計の針とハンドルが繋がっているかのように運転することができます。昔の運転手はその先に勾配やカーブがある場合は速度低下を先読みしてハンドル操作をしていたのでしょう。下り勾配での電制の効き具合や雨の日の車輪のスリップの回避、脱出術なども体得していないと対応できません。趣味の世界とは言え、ウチのデ1ではそんな不便な運転を実践することができるのです。

路面電車用台車でスキマがある箇所        
      旧福島交通保存車モハ1116
 旧型車が運転されている地方の路面電車などでは今でも体感できることですが、コントローラーの1ノッチが入った瞬間に「ドン」とか「ガン」という音が響いて足元をすくわれることがあります。駆動系の歯車や台車のペデスタル(軸箱守)などのスキマが大きくなっているところに、無負荷のモーターへ一気に電圧が加わることで機械的衝撃が発生するのです。近代的な電車では台車を始めとしてそういうスキマがない構造に設計されており、また電圧がソフトに上昇するようにプログラムされているのでほとんど気になることもありません。ウチのデ1の台車には構造的なスキマはありませんが、停車中に緩んでいたチェーンがピンと張る瞬間に「ドン」が発生します。ある日、鹿部電鉄を訪ねて来た電車の現役運転手さんがデ1のハンドルを握って「1ノッチ『ドン』だ!」と叫んだのでした。「抵抗制御の電車を久しぶりに運転した、本物だ、懐かしい。」と賞賛を頂きました。この衝撃音は今では確かに懐かしいかもしれませんが、本来乗客にとってはないほうがいいことは明らかです。まだ抵抗制御が主流だった頃、発車時のショックを少なくする裏技がありました。動画をご覧ください。

 ブレーキをかけた状態で1ノッチ投入してからブレーキを緩めると、シリンダーの空気圧が抜けていくことで車輪が回転し始めるので衝撃が少なくなるのですが、完全に静かに動き出すわけではありません。スキマの大きさやどの部分にスキマがあるかなどによってその効果が大きかったり全然効かなかったりしますし、ノッチ入とブレーキ緩のタイミングも微妙です。だからすべての運転手が常用するわけではなく、あくまでも必要に応じて繰り出す裏技だったようです。もうひとつの問題は、自動ブレーキ弁では残圧があったりハンドルがユルメ位置になかったりするとインターロックでマスコンが無効化されるようになっていることが多く、これは直接制御器と直通ブレーキの組み合わせ、つまり主に旧式の路面電車限定のテクニックということになります。多くの電車で「ドン」「ガン」が当たり前だった時代に、少しでも乗客に心地よく利用してもらおうという気遣いをしていた運転手がいたということです。他にも経験を積み重ねては色々な裏技や奥の手を心得ることでベテランと呼ばれる域に到達していったのでしょう。鹿部電鉄ではそんな古き良き時代の乗務員に思いを馳せながらデ1の運転を楽しんでいます。

2 件のコメント:

  1. 今年もよろしくお願い致します(^^ゞ

    1ノッチ、ドン、懐かしかったです。
    ブレーキを掛けながら起動するとショックが緩和されるんですが・・・
    私の会社の車では、ブレーキ不緩解で起動出来ないようにノッチ回路に気圧スイッチが搭載されていまして、残留筒圧があるとノッチを入れても起動しないんです。
    なので、気圧スイッチが切れるギリギリの残留筒圧が残っている状態で起動してショックを和らげていました。
    ちょっとでも遅いと・・・ドン・・・あ。。。下手くそっていつも思ってました(^^ゞ

    今年も、お邪魔できたらと思っております(^o^)
    宜しくお願い申し上げます。

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  2. マル運さん、その節はありがとうございました。
    空気ブレーキで圧力スイッチが付いていても、そのまた裏の裏技があるンですね。うーん微妙で難しそうですが、そういうテクニックも若い運転手さんに伝授してあげてください。
    線路も少し延伸しましたので是非またお越しください。急カーブで唸るモーター音が痺れますョ。

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