2026/01/19

待避線(余談雑談) 機械式変速機の話 前編

マツダK360 Wikipediaより
 ここだけの話ですが、中学生の頃親戚の家に軽トラックがあって田舎の広い原っぱで運転の練習をさせてもらっていました。クラッチペダルを緩めて発進させるのがとても難しく、運転の真似ごとができるようになった時は帰ってから友達に自慢したものでした。メカ好き少年はその時クラッチと変速機の仕組みをなんとなく想像していましたが、後に学校の技術家庭科の授業でトランスミッションの教材模型を見て、「なるほど、こういう構造だったのか」と納得しました

乗用車も今ではオートマチックが主流になり、マニュアルミッション車を探すことが難しい世の中になってきました。私が運転免許を取得した頃はオートマチック車の価格は割高でしかもパワーがない、故障したら修理に時間と費用が嵩むなどで人気がありませんでした。鉄道の気動車も同じ経過をたどって機械式から液体式、そしてハイブリッド式へと変遷しました。

チャップリンのひとコマ 出所不明
 機械式気動車とひとことで言っても長い歴史があり、国内でガソリン動車が使われ始めたのは大正末期から昭和の初め、いわゆる単端式の小型車両で自動車のエンジンとクラッチ、変速機をそのまま積み込んだものと思われます。時代考証をするとチャップリンの無声映画全盛の頃ですから、クランク軸を差し込んで人力でエンジン始動していたのでしょう。やがてエンジンも車両も大型化し、各地の私鉄でガソリンカーが導入され、国鉄では1933年(昭和8年)にキハ36900(後のキハ41000、キハ04)が登場しました。さすがに人力に代わって始動にモーターが使用されたり、両運転台型が標準になったりしましたが、基本構造はその後ディーゼル化されるまで変わっていません。実は戦後ディーゼルエンジンに換装された車両でもエンジン以外は製造時のままだったわけで、私が学生で全国の私鉄を撮り歩いていた頃に走っていたディーゼルカーのメカはチャップリン時代の遺物だったということになります。
1933年製造の元中国鉄道買収気動車 島原鉄道キハ253     1972年自身撮影

 そんな時代のガソリンエンジンは我々がイメージする現代のそれと何が違うのかについて思いつくままに(思い出しながら)説明したいと思います。今どきの乗用車は乗り込んでスタートボタンを押すと(あるいはキーを回してエンジンをかけると)スタンバイ状態になり、ブレーキを踏んでシフトレバーをDモードに入れるとすぐに走り出します。自動車の始業点検は取扱説明書や法令に明記されていますが、実行している人なんかめったに見ませんよね。それに比べると昔のエンジンは動かす前に必ずやらないといけない手順があり、それを省くと始動すらままならないという事情がありました。

 まず運転手は床下周りに油漏れや部品の緩み、脱落などの損傷がないか、燃料や冷却水が適量であるかを点検しなければなりません。まっ、これは現代の鉄道でも同じで、車両基地の検査員とのダブルチェックです。エンジンを始動する前に、キャブレター近くの手動ポンプで燃料管の空気抜きを行います。始動に際してキャブレターに濃い混合気を送って着火しやすくするため、チョーク弁を閉じる操作をします。チョーク弁はキャブレターにあるのですが、運転席近くからワイヤーで操作できるようになっている場合もあります。

運転席の計器、スイッチ、レバー類の配置例
ケーブル類が滅失しているため推測にて記入
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旧佐久鉄道キホハニ50自身撮影
 始動用モータースイッチを押して(あるいは回して)、エンジンを始動します。停止直後でなければ一回で着火起動することはまずありませんので、この操作は数回繰り返します。少ない回数で起動を成功させるにはスロットルレバーの位置や動かすタイミングなど経験がモノを言います。また気温や前の運転時の余熱などで成功率が変わります。始動回数があまり多くなると蓄電池の電圧が低下してしまうので、起動が困難な場合は点火栓や高圧電気発生系統(ディストリビューター)に汚れや故障、調整不良がないか調べます。今どきの自動車エンジンの起動信頼性はほぼ100%で、エンジンがかからないなどと心配することはありませんが、当時これは一つのヤマ場であり賭けでもありました、仕業前早めに起動したり、停車中もできるかぎりアイドルで待機したりして遅延や運休を招くことがないように腐心していたようです。

 エンジンが無事着火して起動に成功したらチョーク弁を戻し、スロットルレバーのストッパーまたはアイドルガバナーで、アイドル回転数を調整します。無負荷(変速レバー中立)の状態でスロットルレバーを軽く動かしてエンジン回転数の反応を確認します。タコメーター(回転数計)など付いていませんから全て耳や手指の感覚が頼りです。

 ここまでエンジン起動が終わると暖機のためにしばらく無負荷運転をします、元空気圧、潤滑油圧などを確認し、手歯止め、手動制動ハンドルを解除して初めて、運転が開始できるスタンバイ状態になります。車庫を出て客扱い運用に入る場合はこの他に室内灯や前照灯、尾灯、暖房の投入などがあることは言うまでもありません。

 注記 始動モーターによってエンジンが回転させられる状態を「始動」、始動によって燃料が着火して自立運転が始まった状態を「起動」と記述しています。

1956年式トヨペットクラウン Wikipediaより
 1960年我が家に来たトヨペットクラウンには運転パネルにチョーク弁のツマミがついていました。週末久しぶりにエンジンをかける時はドキドキするもので、結局何回やってもエンジンがかからなくてお出かけをあきらめたことは幾度もあり、日が暮れて出先から帰られなくて情けなくなった思い出があります。今では世界に誇る日本の工業製品の品質がまだ「メイドインジャパン」と揶揄されていた時代のさらにずーうっと前のお話でした。


 

 2023/4/6投稿の「SLの話」で書いたのと同じように、今では当たり前のようにコンピューターが行っているエンジンの複雑な調整やシーケンスの全てを昔は運転手の勘と経験でこなしていたのでした。後編は、現代ではあまり知られていない古典的な機械式変速機の取り扱いについて説明します。

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