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静岡鉄道駿遠線廃止の前年撮影したけど乗車せず |
私が地方私鉄に電車や気動車を追っていた頃(1970~1975年)、旧型気動車はまだ全国各地で働いていました。そのうちの幾つかは軽便鉄道(ナローゲージ)で、懐かしく思い出される光景ではありますが、実際問題として老朽化した車両の乗心地や性能はすでに時代遅れであったことは否めません。そうこうしているうちに廃車や廃線が進み、カメラに収める前に、また乗車が叶わぬ間になくなってしまった車両や鉄道がいくつもあります。
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岡山臨港鉄道キハ5001運転中の光景 富田さん撮影 |
当時旧型気動車に乗った時は必ず運転台の後からあるいは横から運転機器の配置とその操作方法を観察していました。もちろん電車でも同じ場所から観察するのですが、特に機械式気動車の場合はスロットルレバーやブレーキ弁やペダルの配置が車両ごとに違っているので興味深く眺めると同時にメモ帳に記録していました。それは私が根っからのメカ好きで運転好きだったからです。そのメモ帳は半世紀以上経った今行方不明ですが、今朝何食べたか思い出せないのに昔のことはよく覚えている老人の得意技で、記憶の糸を辿りたいと思います。 過去の鉄道のことを知ったかぶりして色々とこのブログに書いていますが、実際に見た光景以外に出所の多くは雑誌や書籍、ネットの記述にある公知の事実またはそれらから類推した事柄です。これらは公文書や古文書、内部文書や古老からの聞き取りといった自分自身で調べて得た知見とは言えません。ただし、以下に記す機械式気動車の運転操作機器配置に関する調査は珍しく私が独自の視点で行った記録の一端です。写真はほとんど残っておらずメモもなくして怪しい記憶に頼っているので、どこの鉄道の何型であったかをすべてのタイプについて明言できないのが残念でなりません。記録としては不完全で、間違っていることがあるかもしれませんので、お気付きの方がおられましたら右の「お問い合わせ」または下の「コメント」でお知らせください。
機械式気動車の運転機器配置については2022年10月4日投稿の「機械式気動車の話」の中で触れています。一部重複しますが、代表的な配置パターンの紹介とそれに纏わる逸話を書きます。その前にお断りしておくことがあります。自動車のアクセルに相当するスロットルはガソリンエンジンの吸入混合気量を加減する弁のことで、ディーゼルエンジンにスロットルは本来ありません。ガソリンエンジンをディーゼルに換装した際に運転操作機器をそのまま流用したために、回転数調整(調速)レバーを従前通り「スロットルレバー」と呼んだのではないかと想像します。あるいは「加速桿」と呼ぶ人がいたかもしれません。当時の取扱説明書にどう書いてあったのか、その種の資料がないか調べましたが見つかりませんでした。かろうじて国鉄の運転室明細図面には「燃料テコ」という文字が見えます。ここでは便宜的に「スロットルレバー」(足踏みの場合は「スロットルペダル」)とします。辞典で「スロットル」は「本来はガソリンエンジンの絞り弁を調整するレバーであるが、出力制御レバー全般を指す」とされ、「航空機、船舶、バイク、刈払機などに使用される」とあります。また床下の変速機を切り替える遠隔操作レバーは「シフトレバー」とします。
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私鉄標準型運転機器配置 自身作画 |
まず、私鉄の機械式気動車でポピュラーであった機器配置を示します。運転席の左前方に、手前に引くとエンジンの回転数が上昇するスロットルレバーがあり、左手で操作します。右前方にブレーキ弁があり、運転席の右横に抜き差し可能になっているシフトレバーを、右前方床上にあるクラッチペダルを踏んで操作します。ブレーキ弁は多くの場合、自車のみの制御を行う直通式で、昭和の路面電車で見られるような小型で簡便なタイプになっています。とりあえずこの運転機器配置を私鉄標準型と呼ぶことにします。と言うのは、日本車両や川崎車両が江若鉄道や中国鉄道(現津山線・吉備線)、芸備鉄道(現芸備線)、播丹鉄道(現加古川線)向けに納入した私鉄型気動車の完成型がこれに相当するからです。製造時期に関わらず同じ配置のものはこれに含めます。
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国鉄型運転機器配置 自身作画 |
次は国鉄キハ04やキハ07あるいはその譲渡車の場合です。機関車と同じく左手で操作する自動ブレーキ弁があり、シフトレバーは右手で扱います。クラッチペダルは左足、スロットルペダルは右足で踏みます。機関車の場合は入れ替え作業時に窓から身を乗り出してブレーキ操作するので電車と違って左側にあるのだという話を聞いたことがありました。気動車のブレーキ弁がなぜ左にあるのかずっと疑問に思っていましたが、ある日ふとその答えに気付きました。地方線区に気動車が導入された時、その運転を任されたのは電車運転手ではなく蒸気機関車の機関士ですから、同じ左手で扱うのが自然な成り行きだったのでしょう。(注) 国鉄型のブレーキは連結運転に備えて直通式と自動ブレーキ式が切り替えられるようになっているとの記述がWikipediaにあるように、弁の外形は円筒状で直通式の弁より少し大型になっています。この配置は1954年から1956年(昭和29年から31年)に製造されたレールバスキハ01~03にも受け継がれています。 注記 この原稿を公開した後で蒸気機関車のブレーキは右手で操作する位置にあることに気付きました。電気機関車やディーゼル機関車は左手操作です。と言うことで「蒸気機関車の操作に合わせたのだろう」という推論は誤りで、この疑問は振り出しに戻りました。
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_小樽市総合博物館キハ031 南部縦貫鉄道キハ101___ |
同じレールバスでも南部縦貫鉄道のキハ101,102の場合は上記私鉄型配置に準じているもののクラッチペダルを左足で踏み込むようになっています。数少ない現在に残る機械式気動車なので運転中の動画が投稿されていますが、注目すべきはスロットルレバーを引く前に窓外の景色が動き出すこと、つまりクラッチペダル操作だけで起動し、完全に動力が繋がってからスロットルで加速していることがわかります。よく「マニュアルミッションの自動車と同じ」と解説されることが多いようですが、こういう操作を切れ目なく進める高度なテクニックが必要になります。 ブログ「地方私鉄1960年代の回想」で遠州鉄道奥山線のキハ1802,1803の写真を見つけたので、管理人のKatsuさんにお願いして引用許諾をいただきました。さすがに元エンジニアだけあって床のペダル迄画角に入れた運転台の完璧な写真です。シフトレバーが運転席の左側にあります。この場合、左手でスロットルレバーが扱えないために、おそらく右手でスロットルとブレーキの両方を操作するようになっていたのでしょう。加速と減速を同時にすることはないので、不可能ではありませんがやりにくい操作だと思います。ところが右足元を見ると国鉄型の如くスロットルペダルがあって、運転席正面のスロットルレバーは固定されているように見えるところから、使い勝手を考慮して改造されたのではないかと想像します。尾小屋鉄道に譲渡されてその後動態保存運転されている動画で確認すると、運転手は両手でシフトレバーとブレーキハンドルを握ったまま加速しているので右足でスロットルペダルを踏んでいるのだと思われます。
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遠州鉄道奥山線 左:キハ1802 右:キハ1803 スロットルレバーは使われていない模様 _________________________ 地方私鉄1960年代の回想より許可を得て転載 |
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国鉄型に類似した頚城鉄道ホジ3 Wikipediaより |
頚城鉄道のホジ3は見るからに謎に満ちた車両ですが、シフトレバーが運転席の左側にあること以外、機器配置は国鉄型に準じています。つまり左手でブレーキとシフト操作の両方を行わなければなりません。加速中に急ブレーキをかけるような事態が発生した時に多少の影響はあるかもしれない、程度に考えたのでしょう。それよりこの車両が特殊なのは、シフトレバーが抜き差し構造になっていなくて、後位の無人運転席でシフトレバーが勝手に動くという不思議な光景が見られるとのことです。また運転席から前進/後進の切替え操作が出来るようになっておらず、いちいち下車して駆動軸の逆転器を手動で切り替え操作しなければなりません。動態復元されて動画が公開されているので知る人ぞ知る事実になっているようです。 気動車を導入した各私鉄独自の注文仕様なのかメーカーの都合なのかわかりませんが、後に鉄道会社間で車両譲渡が繰り返されると同じ鉄道でありながら色々なタイプの運転台が混在することになり、運転や保守を担当する者にとってはややこしかったと思います。今やワンハンドルコントローラーしか見たことがない鉄っちゃんが普通にいる時代、スロットルレバーを手前に引けば加速するのは理解できるとして、まさか奥に倒せばブレーキがかかると思ってはいないでしょうね。
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