因数分解とはたとえば
勉強の成果があって入学試験に合格した人もいれば、学校には行ったけど友達と遊んだ記憶しかないと言う人もいるでしょう。せっかく青春の貴重な時間を費やして学校に通ったのなら、何か記憶の中に残っている授業の片鱗を見つけ出して今の生活に役立てることができないか考えてみてはどうでしょうか。
15インチゲージブログにそぐわない話題ですみませんでした。
因数分解とはたとえば
勉強の成果があって入学試験に合格した人もいれば、学校には行ったけど友達と遊んだ記憶しかないと言う人もいるでしょう。せっかく青春の貴重な時間を費やして学校に通ったのなら、何か記憶の中に残っている授業の片鱗を見つけ出して今の生活に役立てることができないか考えてみてはどうでしょうか。
15インチゲージブログにそぐわない話題ですみませんでした。
中学校数学のお話しの続きです。「ピタゴラスの定理」は誰でも聞いたことはあると思いますが、「説明して」と言われて答えられる大人は半数くらいではないでしょうか(根拠はありません)。じゃぁ「知っていて何の得になるか」即答できる人はいるでしょうか?私は胸を張って言います。
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ここでピタゴラスさん登場 |
仮に半径5mを目標にして曲げたレールがあるとします。このレールの内面に長さが500mmの物差しをあてがい、その中央でレールと物差しの隙間δが何mmあるか測ります。これを図示すると下のようになります。ピタゴラスの定理によると直角三角形OABにおいて(OA)2=(AB)2+(BO)2が成り立ちます。
数値を入れると50002=2502+(BO)2
これより
(BO)=±√(50002-2502)=4993.7 (BO)>0
δ=(OA)-(BO)=5000-4993.7=6.3
または三角関数を用いて
sinθ=(AB) /(OA)=250/5000=0.05
これよりθ=2.87°
δ=(OA)×(1-cosθ)=6.3 と同じ答えが得られます。
もしレールが正しく半径5mに曲げられていたなら500mmの物差しとレールの隙間は6.3mmになっているはずだということがわかります。
同様に5m以外の半径に曲げられたレールと隙間の関係を計算すると右表のようになります。
半径が大きくなるとδが小さく、測定誤差が大きくなるのであてがう物差しを長くすることで精度を上げることができます。
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50cm物差しの中央でレールとの隙間を測定する |
実際には5m以上もあるレールの全長を曲げてから半径を計測するのではなく、レールベンダーのラム(油圧ジャッキの可動部)がレールに当たった時と油圧を抜いてスプリングバックした時にもう一度ラムをレールに当てて出っ張りを測定すればその差がδになります。ただし、レールベンダーのフック間の寸法が物差しと同じ500mmの場合にこれは成り立ちます。上にも書いてあるようにスプリングバック(弾性による戻り)があるので、この数値になるまでラムでレールを押せば所定の曲率半径になると言う単純な意味ではありません。だからこの方法で狙い通りに曲げられるようになるには、慣れやコツ、裏技、荒技、さらに細かいことには目を瞑る鷹揚な性格が求められます。庭園鉄道の敷設には数学(幾何学)の知識が役に立ちますが、レールの曲がり具合はあくまでもハンドルの手加減で決まります。
下の動画では手慣れた要領で、ハンドルを引く回数やラムの高さ測定も一発で決めています。
じゃぁ電車を作っている時はずっと楽しいばかりかと言うと、それも作業の内容によって腕や肩や腰が痛くなったり息切れしたり、身体が言うことを聞いてくれない時は嫌になることがあります。設計や組立で行き詰ったり、計画通りに進まなかったり、こんなことしていていいのだろうかと悩むこともあります。しかし、よく考えてみると誰かから給料もらってやっているわけではありませんし、予定の期日までに終わらないからと言って責任を問われたりはしません。人間は快楽だけに満たされた生活なんか絶対にできないように創られていて、かならず一定の苦しさや悩みが湧き出て来るようになっているのだと思います。そういう煩わしさを上手くあしらいながらできるだけ楽しく生きることで喜びも倍増するのだと考えればそんな人間の性にも納得できます。
私の人生経験から得た楽しく生きるコツは「よろしくない人間関係に振り回されないこと」です。社会生活をしていると、自分が選んだわけではない人と関係を持たざるを得ないことが多々ありますが、そういう場合の付き合いは最小限に留めるように心がけてきました。一方で鉄道趣味は基本的に自分一人の世界ですから人間関係が問題になることはないはずです。ただし同志が現れて一緒に線路や電車を作ろうということになったり、サークルの世話役を引き受けることになったり、誰か(または何らかの団体)のために電車の運転を披露したりするような場合には色々と気遣いしなければならなくなります。ここで作業や運営上の意見が食い違ったりすると(まず間違いなく食い違いは起こります)、一緒に楽しくやろうという前提が崩れてしまい、再調整が必要になってきます。鉄道好きが同じ話題についておしゃべりをするのは本当に楽しいことで、時間が過ぎるのも忘れて話し込むこともあり、私は大好きです。語り合っているだけの間は互いに敬意を持ち続けることが可能なので考えに差があっても問題は起こりませんが、具体的にモノやコトを動かす上で意見が異なると簡単に解決できず、エスカレートすると信頼関係にも影響を及ぼしかねません。前にも触れましたが私はメンタルが弱いので、そういう状況に遭遇すると途端に気が滅入ってしまい、趣味を楽しむどころではなくなってしまうのではないかと懸念するわけです。
庭の電車は私自身のため、趣味の心を満たすために作ったのだということをあらためて肝に銘じた上で、ご近所を始めとする世間とのお付き合いを続けて行こうと思っています。