鉄道研究会の仲間の半分くらいはSLファンです。あえてマニアと言わずにファンと呼ぶのは彼らの興味が千差万別で、いわゆるSLを追っかけて全国を駆け巡った撮り鉄から「一応鉄っちゃんなのでSL好きです」という緩~いのまで幅が広いからです。私は「一応鉄っちゃんなのでSLのこと普通の人よりはよく知ってます」程度で、やっぱり自分ではSLファンと公言するほどではないと思っています。風景の中に写っている黒く小さな物体や露出不足のシルエットを見ただけで形式がわかったり、撮影場所とか線区がわかれば番号まで言えたりするようなエキスパートには感服してしまいます。
伯備線布原の三重連 1972年 鉄研富田さん撮影 |
で、私の場合はSLのメカには興味があって、というかSLは自立機械そのものであり、全ての機構はロッドと蒸気配管で繋がっているので機械の知識があればその動きを理解することができます。今どきの機械のようにコンピューターはおろかセンサーも電線もついていませんが、本当によく出来たロボットだと感心させられます。その代りこの機械を動かすためには動作させる順序や限度、絶対に冒してはならない操作や監視項目などを熟知していなければなりません。
例えば機関車を加速するためには次のいずれかあるいは複数の操作が必要です。
①より多くの石炭を投入してボイラーの蒸気圧を上げる
②バルブを開いてより多くの蒸気を送り込む
③弁装置によって蒸気の流入タイミングを変える
どの操作が適切かは一概には言えません。わかりやすく例えると、マニュアルミッションの車で加速するためにはそのままアクセルペダルを踏み込むのと、シフトダウンしてアクセル、シフトアップしてアクセルする方法がありますが、平地と上り勾配と下り勾配でどれがよいかは変わってきます。機関車の場合も発車後の加速なのか、長い登り勾配に備えて勢いを付けるのか、蒸気(燃料)を節約するためなのかによって取るべき操作は異なります。最新の自動車ならコンピューターが最適の条件を選んでアクセルペダルの踏み込み量だけでブレーキングも含めて意のままに速度が変えられるそうですが、機関士と機関助士はその時のボイラーの状態や線路の条件、運行ダイヤなどを考えていろいろある機能の中からどんな組み合わせで操作するかというコンピューターの役割を演じていたわけです。
SLの運転台 小樽市総合博物館C126 |
では具体的にどの機器を使ってどうすれば蒸気機関車を加速できるのか、私は実際に機関車を運転したことがないので想像にもとづいて説明します。当然のことながら時代や形式によって機器配置や操作方法は異なりますが、もし間違いや補足があれば下のコメントまたは右のお問い合わせメールでご指摘ください。上の写真は小樽市総合博物館に静態保存されているC126の運転台です。自由に出入りできる割に欠損部品もあまりなく、比較的良い保存状態が保たれています。
①は投炭口、手でハンドルを掴んで蓋を開き、シャベルで石炭を投入します。蒸気の圧力は蒸気消費量、給水量、加熱量によって変化し、投炭したからと言ってすぐに上がるわけではありませんが、石炭の高温燃焼ガスはボイラー煙管を通過する際に缶胴内の汽水に内部エネルギーとして蓄えられます。もし圧力が上がり過ぎると安全弁から蒸気が抜けるようになっています。
②は加減弁ハンドルで、ボイラーから送り出される蒸気の量を制御することができます。長いレバーを手前に引くと弁の開口が大きくなってより多くの蒸気が送り込まれます。引き過ぎると動輪が空転するのですぐに戻すなど微妙な操作が必要です。
ピストンと逆転器の位置からシリンダーに 送り込まれる蒸気のタイミングが変化する |
この他にブレーキ弁、給水装置、空気圧縮機などを動作させる弁類、圧力計や速度計、水面計などの計器類が運転台に所狭しと並んでいます。ブレーキは空気圧で作動するようになっているので蒸気で駆動する空気圧縮機が装備されています。古い機関車に発電機はなく、ランプや蓄電池式の前照灯や室内灯が付いていましたが、後にはタービン発電機が装備されるようになりました。人間コンピューターたる機関士と機関助士は列車を運転しながらこれらの補機や計器を見て正常な運転状態にあることを確認し、同時に外乱に対して最適な操作を選択しなければなりません。
近年動態保存車の本線運転ではATSが車載されるので、古式豊かな運転台にスマートな操作盤が取り付けられていて滑稽な感じがします。考えてみるとCO2やNOx等の排出が厳しく制限される時代にモクモクと黒煙を吐き、油混じりの蒸気をまき散らし、大音量の汽笛、ドラフト・ブラスト音を発するなど、前時代の文化遺産としてでもなければとても許される存在ではありません。
身近な物質である水は加熱すると体積が約1000倍もの蒸気になるので、閉じ込めてやると大きな力を取り出すことができます。大気圧で水が沸騰すると100℃で一定になるように、圧力と温度は一定の関係を保ちながら安定して大きなエネルギーを蓄える特性を持っており、産業革命以降蒸気原動機は人馬に代わる動力として利用されて来ました。蒸気機関車は過去の遺物になりましたが、火力・原子力発電、船舶推進用動力として蒸気のパワーは今も健在です。動力源として利用するだけでなく、水以外の流体を使って低温熱源を活用したり、原理を逆用して加えたエネルギーより多くの熱を生み出すヒートポンプが熱源に採用されたり、熱抵抗なしに一瞬で大量の熱を伝えられるヒートパイプで地熱を利用したり、蒸気機関の応用技術はなおも進化を遂げています。私が大学の蒸気工学研究室の扉を叩いた時、鉄道マニアであることを知った先輩に「いくら汽車好きでも蒸気機関車の研究はできないよ。」と釘を刺されました。学術的にはまだまだ興味深い現象があり、エネルギーの有効利用を求める時代の声に応えることができる分野だと思います。
関西本線加太越え 1972年 鉄研富田さん撮影 |
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