2022/08/24

待避線(余談雑談)  機械設計のツボ

  先日電車を運転していたら突然動かなくなってしまいました。その数日前から車輪がスリップ気味だったのですが、雨で線路が濡れているためだろうとあまり気にしていませんでした。実際には車輪がスリップしていたわけではなく、チェーンのスプロケットと軸が滑って最終的に脱落していました。慌てて他のスプロケットの固定部に緩みがないか点検しましたが異常はありませんでした。この故障は本質的な設計ミスとまでは言えず、どちらかというと日頃の点検を怠っていたことに起因したと考えた方がいいでしょう。


 スプロケットは軸に対して2本のネジで固定されています。1本ではなく、90°または120°ずらした方向から軸表面を押し付けるように締め上げてあるのです。もしこのネジが1本だったら回転方向が何回か切り替わった時点で緩み始め、そう長くないうちに滑り始めていたと考えられます。軸とスプロケットの穴の間には数十ミクロンのスキマがあり、ミクロ的に見ると両者はギッコンバッタンと相対運動をする可能性があるわけで、この動きによってネジは少しずつ緩んでいきます。2本のネジで押し付けると軸と穴は3ヵ所で接触することになり、相対運動がなくなる結果繰り返して負荷の方向が変わっても緩むことがなくなります。

止めネジが1ヶ所の場合(左)軸は完全には固定されず、穴との相対運動が発生してしまいます

 私が設計技術者として駆け出しの頃、このことを知らずにネジ1本で部品固定していたのですぐ緩んでしまい、その都度締め直すという徒労を繰り返していました。それは実験用の設備だったので面倒な仕事が増えるだけのことでしたが、製品の設計者としては失格です。そんな下積み時代の失敗談をいくつか。

 上に書いている軸と穴のスキマをどの程度にするか、規格の記述や何ページにもわたる表があって、経験の少ない設計者にとっては何を根拠に決めればよいのか困ってしまいます。実は嵌り具合をカチンカチンにするのかグサグサにするのかさえ決めれば、実用的な選択肢はほぼ確定するのですが、特殊な結合事例を網羅するためにJISにはいろいろな嵌め合い条件が想定されているのです。実際に使用する欄に赤線を引いておけば簡単で便利なツールであることがわかります。そのことさえ知っていれば車輪と車軸の嵌め合いでも、軸径からこの規格の最もノーマルなスキマの値を決めることができます。ものわかりのいい鉄工所なら図面に細かい数値を書き入れなくても「スキマ嵌めでしっくり」とか「H7g6で」と言えば加工してくれるでしょう。さらに今どきのCADではいちいちそんな表を見なくても画面上で公差の選択ができるようになっていて、おそらく常用する項目がデフォルトで設定されているはずです。

JIS規格の軸の公差 左欄の軸径(mm)に対して加工許容値(μ)が定められています

「盗み」「逃げ」を考えるのは
窃盗犯だけではありません
 次はなかなか教えてもらえない盗みのテクニックの話。大きな声では憚られますが、これはよく新人設計者が製造現場から「盗みを入れてくれ」と言われる実例です。板金(鋼板)を曲げた部品の図面を描くときに、完成品のイメージから展開図を作り、寸法を記入して仕上げます。するとその図面に従って鋼板を切ったり曲げたりする作業担当者は「テッパンは折り紙みたいに自由自在に曲げられるモンじゃない」と悲鳴を上げます。鋭い曲げの根元には「ヌスミ」とか「ニゲ」と呼ばれる空洞部分を設けないと内部応力が拡散して周囲が変形したりひび割れしたりしてしまうのです。ヌスミが大きすぎると強度低下を招くのでどれくらいが適当か、現場でそのテクニックを盗むしかありません。強度に影響がない場合は図面の片隅に「必要に応じてヌスミ加工を許容する」という注記を書き込むニゲのテクニックもあります。

 構想図を描くのは設計作業の中でも腕の見せ所です。完成した機械をどう扱うかを考えながら使いやすさやその機能、強度を充分に発揮できる形状を決めていきます。ところがその機械をどういうふうに組み立てて作るのかということに考えを巡らせないと困ったことになってしまいます。図面は紙の上に線を引いて描いていくので、実際に作ることができない物の組立図が描けてしまうことがあるのです。空洞の中に取り付ける部品が入り口の穴より大きいとか、長い部品は曲げないと入れることができないとか、工具を回すスペースがないので組立てられないとか。こういう図面や形状のことを「地獄」と呼び、そんな設計をした者は同僚や組立現場から蔑まれます。面白いもので、地獄設計で使えなくなった部品や加工ミスで廃却する部品のことを「オシャカ(お釈迦)」と呼びます。

 新人の内はこんな経験も一度や二度ではありません。その都度挫折し、落ち込み、反省はしますが、言い訳もします。「そんなこと学校では教わらなかった。」

0 件のコメント:

コメントを投稿