2021/05/22

待避線(余談・雑談) 鉄道用車輪の話

  木造車体製作の説明が続いたので下ネタに話題を移します、車輪と線路のトリビアです。

(1)踏面のテーパー

 鉄道用車輪の踏面がテーパー(円錐)状になっていることは、鉄道に興味のある方なら常識的にご存知でしょう。今更ですが、曲線でレールに接している部分の直径が外輪側で内輪側より大きくなるので自然に曲がって行くように工夫してあるのです。

曲線で車輪が曲がる仕組み
 と言えば簡単な話ですが、車輪の寸法に統一規格はなく、このテーパーの勾配も各国、各社でまちまちです。自然に車輪が曲がる半径はこのテーパーだけでは決まらず、曲線部で線路の幅がどれだけ広くしてある(スラック)かによっても異なります。仮にテーパー勾配(半径)1/20、スラック40mm、車輪径800mm、軌間1000mmとすると、その半径は200mになります。これは車輪だけをゆっくり遠心力がかからないように転がした場合の計算値です。実際には色々な要因が重なって理屈通りにはなりません。これよりさらに急な曲線を無理に曲がらせようとすると、内外輪の走行距離差によって左右いずれかの車輪とレールの間で滑り(差動滑り)が生じて特異な音「チュイーン・チュイーン」(カタカナで表現するには限界があります)が発生します。地下鉄の駅付近の急カーブなどでよく耳にしますね。

(2)長軸距車両の走行抵抗

 貨物列車もほとんどがコンテナ化されて2軸貨車を見る機会がなくなってしまいました。2軸車の場合必然的に軸距(ホイールベース)が長くなり、なんとなくカーブが曲がり辛いのはわかりますが、なぜそうなるのでしょうか。

2軸車の曲線通過
 硬い鉄のレール上を鉄の車輪がまっすぐ進むと、いわゆる転がり摩擦と言われる非常に抵抗の少ない状態で、ほぼニュートンの慣性の法則(運動している物体は等速運動を続ける)通りになります。ところが、軸距の長い車両が曲線部にさしかかると車輪(車両)の向きと線路の向きが一致しなくなります。車輪(車両)の向きと線路の向きのなす角度をアタック角といいますが、曲線の半径が小さいほど、軸距が長いほどアタック角は大きくなります。車輪が曲線部を通過する動きを、前方に進む動きと向きを変えるために横に押す動きに分解して考えると、前方へは転がるだけなのでほとんど抵抗はありませんが、「横車を押す」という言葉通り横方向には滑り摩擦に抗して大きな力を加えなければなりません。アタック角が大きいほど横滑り運動が大きくなり、前項の差動滑りと併せて走行抵抗が増大するということになります。

(3)フランジ形状

 鉄道用車輪には脱線を防止するためにフランジが付けられています。フランジは概ね下図のAの形状になっています。なぜこの形でなければならないのか説明します。Bの場合、もしレールの継目に食い違いがあるとフランジがレールの上に乗り上げてしまって脱線を誘発するおそれがあります。それならCでいいように思われますが、この場合車輪はレールの上面と側面の2ヶ所で接することになります。上面は転がりですが、側面は滑りながら接触するので抵抗が大きく摩耗や発熱、騒音の発生原因となります。Aの場合は必ず1点でレールと接するので、前述の滑りが発生しない限り常に転がり状態となって摩擦の少ない鉄道の長所が生かされます。模型の場合はそんなことより車輪の浮き上がりによる脱線を防止するためにメルクリンに代表されるような高いフランジのCタイプ車輪が採用されています。実物の世界ではサスペンションによって浮き上がりが抑えられ、保線が行き届いていれば遠心力や揺れで横圧がかなり高くなってもフランジがレール側面と接触することは稀で、踏面からフランジにかかるR部で持ち堪えているようです。
フランジの形状
Aタイプでなかった場合の問題

(4)例外事例

フランジで走行する例
 Aの形状でもレールと想定通りに接触しない場合があります。路面電車や軽便鉄道では速度が低いので特殊な転がり方を許容したり、強引に車輪の向きを変える手段を使ったりすることがあります。右の写真は函館市電の本線から駒場車庫への分岐のクロッシング部です。レールの上面が光っておらず、逆にフランジが通過する溝の底部が光っています。つまりここでは車輪のフランジ最外周がレール溝を転がり、踏面は浮いた状態で走行しています。



路面電車の分岐器 左側は非可動
 一般的な鉄道の分岐器のトングレールは鋭く尖って主レールに密着してい
ますが、路面電車のトングレールはフランジの外面をガイドするだけでなく、内面も挟み込むような形状で所定の分岐方向へ車輪を導きます。反対側も同じようなトングレールが設けられている場合と、固定レールでどちらへでも行けるフランジウェイだけが掘られている場合があります。写真は土佐電鉄のもので、右側のトングレールによって進路が振り分けられ、しばらく進んでから左側の車輪がそれぞれの方向に進みます。直進路側(この写真の場合左側の線路)に可動トングレールが設けられることもあり、その場合はフランジの内面がトングレールの外側に沿って分岐して行きます。
溝付きレール

 フランジの内面をガイドするのは分岐部に限らず、交差点などの急カーブでガード部がレール上面よりも高い特殊溝付きレールを使用している場合があります。曲線の内側レールの溝がピカピカに光りながら表面が疲労剝離を起こしていたりします。それを見過ごしたために同じ場所で繰り返し脱線事故が発生したこともあるようです(原因については諸説あります)





(5)バックゲージとチェックゲージ

各種ゲージ
 全ての車両のフランジの内側を同じようにガイドするためには、線路と車輪のいわゆるゲージ(軌間)を制定するだけでは不十分で、フランジの内のり(内寸法)を決めて統一する必要があります。さもなければ車両によってフランジがレールに乗り上げたり、分岐部で右側の車輪と左側の行先が違ってしまったり、と言うことになりかねません。バックゲージ以外にチェックゲージ(内外フランジ寸法)を制定する場合もあります。 国内の路面軌道で外国製の最新型低床車両を導入した際に脱線事故が発生し、よく調べたら車輪の寸法基準が使用者である鉄道側と供給者であるメーカー側で異なっていることが判明した、というお粗末な事例があったそうです。

 路面電車以外でも橋梁や分岐部にガードレールが設けられていますが、その目的は脱線防止ではなく、仮に脱線しても線路から大きく逸脱したり、橋梁などの高所から転落したりということがないようにするためです。それどころか、高速鉄道では車輪とガードレールが接触するようなことがあったら即脱線につながりかねません。

 大沼電鉄の歴史資料を調べていると鉄道省の係官が開業前に電鉄に対して提出を命じた図面が出てきました。それは分岐部におけるレールと車輪の位置関係を示す断面図で、安全にかかわる重要な確認事項であることを物語っています。


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